世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2433
世界経済評論IMPACT No.2433

ベトナムにおける米生産・流通の新展開

高橋 塁

(東海大学政治経済学部 教授)

2022.02.28

「ベトナムの真珠」―Hạt ngọc Việt

 先月ベトナム南部のメコンデルタ地域ヴィンロン(Vĩnh Long)省にてベトナムライスフェスティバルが開催された。2022年1月7日から10日にかけて開催されたこのイベントはハウザン(Hậu Giang)省で2009年に初めて開催され,今回で5回目の開催となる(注1)。ベトナムにとって米が重要な食糧であり,国内で取引される商品であり,また海外で需要される輸出品であることがよくわかるイベントである。

 ベトナムの米は植民地期から国際市場屈指のシェアをもつ商品であり,生産量と輸出量の拡大が目指されてきた。しかし,いまやベトナムの米は高付加価値を追い求める方向へと舵を切っている。例えば上で触れた今回のベトナムライスフェスティバルの開催目的には「高品質で安全な米の生産発展,米生産のバリューチェーンの改善,有機米への段階的移行」等が目的として掲げられている(注2)。本節の表題につけられているベトナム語Hạt ngọc Việtは「ベトナムの真珠」という意味であり,米を称える言葉として近年越語メディアで目にする機会が増えた。これもベトナム米が高い価値と品質を持つことを国内外に知らしめる動きの一つといえるかもしれない(注3)。

量から質へ―高付加価値米の生産と流通

 これまでも経済発展と共に都市部や都市郊外では比較的栽培に手間がかかる品質の高い米が需要されていた。しかし現在のように明確に米の高品質化が生産面で強く政策として推し進められたことはなかったように思われる。有機米生産や香り米の生産はその代表的なものであり,特にベトナムから輸出される香り米については,同じく香り米の重要生産国であるタイにも脅威となっている。タイの米といえば東北地方で栽培され,国際的にも評価が高いカーオ・ホーム・マリ(ジャスミンライス)が有名であるが,近年はベトナムでも香り米が栽培されており,国際市場でも高い評価を得るようになっている(注4)。

 ベトナム米については単に生産量,輸出量を追求する段階から香り米を中心とした高付加価値米の国際市場競争という新たなステージへと移行している。他方相対的に安価な米についてはどうか? これについてはアフリカが主要米輸出国の競争の場となっている。

名実ともに世界商品へ―米を通したアフリカとの関係

 一般にはあまり知られていないかもしれないが,アフリカでは米は換金作物であるとともに重要な食糧である。ベトナムは歴史的経緯もあり米を通じたアフリカとの関係は深い。例えばフランスの地理学者であったローブカン(Charles Robequain)の著書からベトナムと同じくフランスの植民地であった西アフリカのセネガルにおいて落花生栽培拡大し,食用作物生産が減少したため当時仏領インドシナと呼ばれていたベトナムの米を輸入していたことがわかる(Robequain, C. [1939] L’évolution économique de l’Indochine francaise. Paris: Centre d’études de politique étrangère)。

 現代に話を戻す。衆知のように2008年の世界食糧危機の際にはアフリカでも食糧価格高騰をめぐって混乱があったが,それはアフリカ諸国が穀物の輸入国であることを示している。とりわけ世界銀行のWorld Development Indicatorsによればサブサハラアフリカの年人口成長率は2019年で2.7%(世界全体で1.1%)と高く食糧需要が逼迫しがちである。米についても同じことがいえ,タイやベトナムからの米輸入に大きなシェアを持つアフリカ諸国もある。

 例えばFAOSTATによるとベトナム米輸入国トップ10のうちアフリカの国は2000年にコートジボワールが6位(7万2940トン)に入るのみであるが,2020年は3位にガーナ(47万8415トン),5位にコートジボワール(27万5000トン)が入り,輸入量も多くなっている。タイ米は2000年にセネガル,2020年にはカメルーンや,ベナンなどがアフリカの輸入国となっており,ベトナム,タイ双方ともアフリカ市場の重要性が増している。

 このように今のベトナムの米は高品質米と相対的に安価な米のそれぞれにおいて国際米市場のシェアを巡る競争に直面している。アフリカの需要を得て名実ともに世界商品になったベトナム米の国際市場における動向を今後も注目していきたい。

[注]
  • (1)第2回は2011年にソクチャン(Sóc Trăng)省にて,第3回は2018年にロンアン(Long An)省,第4回は今回と同じヴィンロン省にて2019年に開催されている。
  • (2)https://festivalluagao.vinhlong.gov.vn/(2022年2月24日参照)。
  • (3)現在国家目標の一つにもなっている新農村(nông thôn mới)の建設を担う部門としても引き続き米生産部門は期待されている。この点については稿を改めて議論したい。
  • (4)ベトナムの香り米については拙コラム「メコンデルタの干ばつとベトナム農業の新展開」(世界経済評論IMPACT,No.2145)も参照。また世界の香り米市場やアフリカの米に関する知見は筆者も参加している京都大学東南アジア地域研究研究所共同利用・共同研究拠点「東南アジア研究䛾国際共同研究拠点」の令和3年度プロジェクト「国際食料安全保障と東南アジアの米輸出―アフリカ向けタイ米輸出を中心に」(研究代表者 宮田敏之東京外国語大学教授)において学んだところが大きい。本プロジェクトの宮田敏之先生,坂井真紀子先生(東京外国語大学),小林知先生(京都大学)に記して謝意を表す。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2433.html)

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