世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
製本の糸:記録を現代に蘇生させる総合技術
(エコノミスト )
2022.01.17
企画の意図と製本の糸
古い書籍の折丁は糸綴じでなされていたが,現在は接着剤で全頁が一括固められているものが珍しくなくなった。かつての労働集約的な丁寧な手作業工程は大幅に合理化され,大量生産の造本が可能になった。そのため,年数が経てば接着剤の劣化と共に書籍の背の部分が簡単に亀裂し,冊子はバラけてしまう。その点,糸綴じが施されている書籍はたとえ糸が古びて切れても,補修が容易である。もっとも,価値ある重厚な書籍は従来の手法に近い技術で造本されているから,余計な心配は無用なのかもしれない。内容が長期間読むに値する物のみが,簡易造本でなければ良いという考え方も,一方では合理的である。
さて本題に入りたいが,文献や映画,記録映像には編集の意図が一本筋を通したものが読み応え,見応えがあるのは当然である。NHKの『映像の世紀』という番組があるが,同じ映像を何度も再編集し,また新たに発掘された映像も付加しながら繰り返し放映されている。20世紀は戦争と革命と科学技術の革新が織りなす激動の時代であったことは確かで,それを証明するかのように映像の技術革新も急速に発達し,その映像は当時の人類の愚かな,あるいは弛まぬ努力の過程を我々に示している。何度も同じ映像のピース・断片を繋ぎ合わせることによって,各回の番組で様々な視角が提供されているが,編集の意図には一つのメッセージのようなものが伝わってくる。
それは破壊に次ぐ破壊とういう人類の愚かさとそれにも拘らず,復興するバイタリティーである。この編集の意図を表現・繋ぎ合わせているのが加古隆の音楽である。彼の楽曲なしには映像の意味する所を盛り上げることは出来ないのではないかと思う。一つの曲が一冊の書籍として纏める「背丁の糸」のように感じるのは筆者だけであろうか? 「音楽のない映画は,映画にならない」と映画評論家は唱える。然したる物語でもない映画でも,素晴らしい映画音楽が残されている例も珍しくない(その逆もあるが)。
報道の現代用語化
マスコミ報道で特に政治や外交問題絡みの表現で「思惑」「駆け引き」等々の表現が多用されている。いかにも意味ありげで前近代的,インフォーマル社会固有の表現を印象付ける。むしろ,これらの用語は「希望」とか「交渉」とかもっと端的な表現を使用して頂きたいものである。また,ニュース番組中に「ニュースを続けます」と言っているが,これは「次のニュースは」ではないか。些細な事例ではあるが,何か報道の姿勢の様なものを感じてしまうのは筆者だけであろうか。表現方法の改良は報道の現代化や政治組織,政治活動・運動の現代化もリードする。政治家の不明瞭な政治資金問題や歳費の不適正な扱いが問題になっているが,その根底には政治活動と組織の在り方が深く関わっている。投票数で全てが決まるだけの政治が民主主義であるなら,カール・シュミットの代議制論の復活にしかならない。モノクロの映像記録と加古隆の曲が織りなす幻想的とも思われる我々の過去の世界は,それを暗示しているのではないか。
もっと難しい議論がある。そして誰もが避けたい議論であるが,それは人口問題であろう。先に川野祐司教授が「世界人口の適正規模は20億人」であるという一文を提起した。もっともな論理である。COP26とかSDGs等が掲げる理想的な政策は政策として,実現性が乏しいと誰もが感じている。他方で,経済発展だ。自由貿易が世界の対立構造を解放する,という実証的研究が盛んにこれまで「印刷」されてきた。その成果は2019年時点での世界人口が77億人というものである。我が国の江戸時代は封鎖経済の典型であり,人口は3,000万人で均衡していた。現在の4分の1であるから,これを基準に考えただけでもある程度は頷ける。因みに,世界人口の推移からこの数字を見ると,1950年が25億人である。何れやって来るであろう全球規模の資源枯渇問題や激しい天変地異を想定すると,我々はもっと真摯に人文社会科学を論じなければならないし,知識人が責任ある学知と学問体系を議論しなければならないのだろう。
ウクライナとロシアの因縁の対決の回避策や中国社会主義の古代帝国的な国家イデオロギーからの解放を議論することは喫緊の課題であるが,内堀まで埋められてしまった感の大学講座が蘇生するには大分時間を要するのだろうか。また,パチョーリが考案した複式簿記の学会で天下国家を議論するのはカテゴリーが異なるが,射程範囲の広い学会が大きなテーマで報告ないし議論しないのは「宝の持ち腐れ」である。クァルテットの楽曲「パリは燃えているか」は世界的課題の経済的政治論争を喚起することを訴えているようにも感じる。
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