世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ウクライナ戦争への外交スタンス
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.03.17
ウクライナ戦争の停戦に向けた交渉は難航している。ロシアから言わせれば多大な犠牲者を出してクリミア−ドンバス地方を制圧しているのだから,手放すわけにはいかないという論理であろう。また,ロシアの継戦能力は軍事国家という政治体制から見るとかなり高い。西ヨーロッパ側は一方的に侵略されたという言い分になるが,ロシアの論理は「ウクライナは元々ロシアの領土だった」という話になる。「特別軍事作戦」を断行するにあたってのプーチンの長時間演説はそうした理屈であった。こんな話を我々は真に受けることは出来ないが,我が国に於いてもそれなりに理解・容認する人々も存在している。
時々耳にするのが「プーチンの言い分も少しは聞いてやれば良いのではないか」,「ウクライナを属国にしたいなんて考えていない。ただ西側諸国との間に緩衝地帯が欲しいだけなんだ」等々である。大抵は社会主義の幻想を擁護する旧ソ連派の主張である。彼らはマルクスの『共産党宣言』(1848年)に共感している。1847年恐慌によって資本主義が崩壊し社会主義革命を成し遂げれば,自由の王国への道が開かれるという神話を今なお信じている。資本主義体制は人間の俗悪な欲望追及のシステムであり,限りなき利潤追求によって地球環境を破壊しつくすのだと言ってやまない。それに対して,社会主義は理性的な観念であり公平・平等と自由を謳歌する社会であるという。ここでは資本主義的自由や市場に於ける,「神の見えざる手」による資源調整機能という積極面は削除される。
歴史を振り返れば,完全無欠な社会など存在したためしはない。常に何らかの欠陥なり矛盾を抱えている。当然である。しかし,社会主義者は「貧富の格差」をなくすためには,その原因となる「貨幣を廃棄」すれば,所得格差はなくなると豪語する。なるほどとも言えるが,そんな馬鹿なこともないだろう,と直ちに言いたくもなる。そして,事実そんなことはなかった。理念と実態を比較すれば,どんな社会観から見ても現実社会は比較劣位になる。全くシンプルな原理であるが,神話を信仰するとそれが見えなくなってしまう。だから,この手の神話が繰り返し形を変えて登場する。ベストセラーの現実社会批判評論は大抵そうした類のものである。
『党宣言』による社会変革理論は「恐慌=革命」論である。しかし,その後の歴史を辿れば「恐慌」は何度も起こっているのに,革命は達成されていない。「戦争と革命」の時代という歴史用語はあるが,「恐慌と革命」の時代というものはあまり馴染みがない。要するに,恐慌位では「革命」は起こらないのである。「フランス革命」も「ロシア革命」もアメリカ独立戦争や第1次大戦を背景にしている。さらに「産業革命」を革命と呼べるのかという議論もある。100年以上の連続的変動であるから,ある日突然,あるいは短期間で政権が変わるような性格のものではない。「科学革命」という概念も相当に疑わしい議論である。こちらは数百年に及ぶ解釈論争である。
19−20世紀の科学的社会主義というマルクス神話を信仰すると,何処かに科学的な社会が存在し,その理想に向かえば人類は幸福になるという。プーチンのロシアは看板としては社会主義を掲げていないが,折に触れてスターリンを担ぎ出しベリア政治を復元している。そして領土もソ連時代への回帰が,ロシア本来の在り方であるとしている。しかし,実態は国内産業の現代的開発が出来ないために「隣の芝生は青い」という論理で,隣接資源を略奪する政治しか展開できないでいる。このイデオロギーはモンゴル元帝国と同様に大変危険であるといわなければならない。80億人を超える地球人口の現状を直視すれば,プーチン的強権統制政治は混乱しか齎さない。満員御礼の空間で国際社会が軍事的行動を承認すれば,カオスとカタストロフィーしか結果しない。
中国は社会主義段階の次のステージが,共産主義社会であるというテーゼを完全に放棄してはいないが,現実の展開は国家資本主義に移行している。このように社会主義政権は人類の理想社会実現というよりも,戦時統制体制に関わる強権政治以上のものではない。一切の幻想は排除すべきである。中国は14億人の国家であり,その統治に齟齬をきたせば国家分裂の危機と大量難民が発生しかねない。これに対して,ロシアは1億4,000万人規模であり,また広大な領土の国家である。仮にウクライナ戦争を契機にプーチン体制が崩壊しても,周辺国への影響は最小限に食い止めることができる。ここがアジアと欧州の国際政治上の違いである。中露は同じ社会主義国家体制を根幹にした強権統制国家とはいえ,地政学的解釈や周辺諸国が執るべき外交スタンスは根本的に異なると理解しても良い。国際政治に於いて「正義と秩序」を唱える人々の中には,「恐慌=革命」論と「反米」論を唱えれば良心の証を示すことになると考える人も少なくない。しかし,民主的な国際政治思想の結果,世界が「群雄割拠」の国家群になったなら,「覇権大国」に依存していた方が遥かに安定的であったと気づく日がやってくる。
神の意志を受託できない。したくない,というのも民主主義の正義論でもあるかも知れない。ただ,最近の第三世界の成長は顕著である。そして,グローバル・サウスは強権統制国家が多数を占めている。これら諸国は多かれ少なかれ強権的でなければ,国民統治が困難である。この情勢下での我が国の外交スタンスは如何にあるべきか。ロマンチックな平和外交では国家存亡の危機に陥ってしまう。まして移民を受け入れないと労働力の確保が難しいとか,人手不足になってしまう等々の短絡な議論をしている様では,専門的知見を持った一群の人々は浮かばれない。一刻も早く彼らを使いこなせる企業幹部と人事政策を待望したい。トランプとゼレンスキーの口論位で驚いていては話にならないのであり,「野に遺賢なし」という政治状況が待たれているのではないか。
- 筆 者 :末永 茂
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
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