世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
持続可能航空燃料SAFは砂糖とプランクトンから
(信州大学先鋭研究所 特任教授)
2021.12.20
Sustainable Aviation Fuel(SAF)がニュース・ネタになってきた。いつもの拙著のように後からあれこれいうのではなく,メディアが大騒ぎする前に先制攻撃的に一言。筆者は大手商社での最後2年間を微細藻類由来の燃料製造商業化調査に携わり同僚に引き継いだ経験から,SAFだけではなく植物由来の燃料というものはかなり奥の深い技術テーマであることを学んだ。
一般消費者の目線で極簡単に分類すると,エタノールはガソリン,サラダ油はディーゼル代替となる。米国東北地域では冬季にエンジン始動を容易にするためにガソリンへエタノールを添加する場合がある。SAFの材料は改質糖類を含む食用油脂と微細藻類(クロレラみたいなもの)なので,一部マスコミが囃すサトウキビやトウモロコシ由来のアルコールという話は甚だ的外れである。正しくは各種砂糖およびセルロース類から転化されるキシロースとグルコースが植物由来SAFの候補である。糖類・食用油脂と微細藻類のうち前者はリサイクル食用油脂も候補となる。食用油脂事業協同組合連合会のWEBから,我国では業務用油脂(揚げ物用が主)の90%以上,毎年34万トン前後が回収再生利用され,その一部が各種燃料として使われている。他方,本命といわれているのは微細藻類が生成する油脂をメチルエステル化した軽油(Bio Diesel Fuel, BDF)である。2000年代後半には米国海軍が小型船舶で試験を始め,その後,空軍が航空機用として試験を行っている。
微細藻類の活用は第一次大戦後にドイツが食料不足解消のためにクロレラの培養研究を始めたことが始まりである。この研究開発は食料需給の緩和で衰退,不足で再開を数度繰り返している。微細藻類は栄養価が高く太陽の恵みを総ての生物に配給する開始点と言っても過言ではない。小魚の餌から始まり大型魚,陸海動物という食物連鎖を支えている。EPAやDHAは微細藻類が生成し,イワシなどの青魚が体内に溜め込み,食物を通じて我々が利用できる。近年,微細藻類の培養生産が増加し,EPA/DHAをペットフードや家畜の飼料,さらに健康食品への添加が広がっている。米国ではアレルギーの心配がない微細藻類由来EPA/DHAを乳幼児ミルクに添加している。タンパク源である豆類と日常食材のワカメ,昆布,モズクなどの微細藻類の仲間の海藻を食せば,欧州や環境団体が話題にする昆虫食など必要ないだろう。
我国ではNEDO「サンシャイン計画」「ニューサンシャイン計画」,JST「CREST」で軽油を抽出・生産するために利用可能な微細藻類の探索と生成される油脂種類について基礎的な研究が行われた。この成果は前述の米国のBDF研究のスタートポイントになっている。しかし大手商社としてビジネス展開検討時に国会図書館アーカイブで示された3つの研究所に訪問して研究報告書の閲覧を希望したが,理由が明かされないまま眼の前に置かれた報告書を閲覧できなかった。結果的に自国の国家プロジェクト成果報告書を米国に見せてもらうという,なんとも情けない事になった。日本学術界の閉鎖性の典型例であろう(後日談で「越後屋(=商社)は悪じゃのう」という昭和の思い込みだったらしい)。
光合成は二酸化炭素を吸収して酸素とデンプンを作り出し,この一部を細胞内でのエネルギー循環で油脂に変換している。24億年前から始まった微細藻類による酸素の放出により陸上に植物や原生動物が登場できたことから藻類の能力の高さが窺い知れるが,工業的に軽油を生産しようとすると課題が多い。微細藻類は昼間に光合成でデンプンを生成する。気温の下がる夜間に自らを守るためにデンプンの一部を油脂に転換する。概ね1週間前後で細胞分裂により増殖をする。これだけなら寒暖差のある地域の浅いプールで肥料を与えながら育てればよいのだが突然死滅することがある。そのため微細藻類養殖場では流れるプール方式,下から空気をブクブクと出す曝気槽を順番に移動していく方式,透明パイプや平板の中を流動する方式というようにそれぞれ工夫している。我国では熊本のクロレラやDICのスピルリナが知られているが,製造コストが高いために健康食品として産業化されている。現在ではユーグレナやデンソーが燃料生産を目指しているがコスト的に競争力を得るまでには至っていない。環境条件としては理想的であったオーストラリアの塩田の隣で養殖する案があったが,急な死滅の原因を解明・解決できていないために実現していない。
米国ではDOEが積極的に投資を行っていて,前述のNEDO/CRESTの研究成果に加えて遺伝子組み換え技術で高効率の油脂生産を目指している。アリゾナ州フェニックスで開催された微細藻類活用推進の学会・展示会ついでに非公開の大学の小型プラントを見学させてもらった。この装置は室内型で太陽光の代わりに特定波長のランプで光合成を行わせる方法を採用していた。閉鎖系のプラントなので微細藻類に害を及ぼすバクテリアや不純物が混入しにくい形式である。日本と異なるのは,航空燃料設備とICBMのサイロ併設の空軍基地が近くにあるので,得られた軽油を基地内で精製して地上設備の航空機やミサイルエンジンを使って燃焼実験できるという羨ましい環境である。我国もいつまでも学術会議の軍事技術反対を放置しないで自衛隊と大学が共同で試験をできる環境にしないと増々技術の後進国になってしまう。
閉鎖系プラントとして我国では東京電力の研究所でかなり進んだ研究をしていたのだが東日本大震災と福島原発事故後に中止してしまった。大震災の少し前に商社からぞろぞろと大勢で研究所を訪問して設備見学と研究者との意見交換をした際,プラントの大規模化の目処が立っているとの説明だった。しかし,当時の民主党政権は東電を責めるだけで,この様な先端的,今から考えると我国にとって必須の技術を顧みなかった。狭量な視野でイノベーションの打ち出の小槌を潰しても露程にも責任を感じない,顔ぶれが変わらない立憲民主党を信じろということは無理難題であろう。
突然,米国発のイノベーションのように報じられるSAF技術は,実は長い歴史の上に構築されている。メディアのコメントには眉に唾つけて注意する必要がある。
- 筆 者 :鶴岡秀志
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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