世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2321
世界経済評論IMPACT No.2321

世界経済の長期の変化と東アジア経済統合:長期の貿易・投資の拡大とその逆転の下で

清水一史

(九州大学大学院経済学研究院 教授)

2021.10.25

 東アジアは,長期の貿易と投資の拡大の中で急速な発展を遂げてきた。第2次世界大戦後の世界経済では,IMF・GATT体制の下で,長期で貿易の拡大が達成されてきた。日本も,1970年代以降のNIESも,世界全体での貿易の自由化と拡大の下で,急速な発展を遂げてきた。

 1980年代になると,貿易の自由化に加えて投資(国際資本移動)の自由化がなされてきた。1980年代に入り,アメリカをはじめ各国はレーガノミクスなどマネタリスト型の経済政策を採用し,また国際的には変動相場制を導入し,それに伴って投資の自由化がなされてきた。更に1985年のプラザ合意により,円安ドル高から円高ドル安の構造が作り出され,日本から多くの直接投資がASEANへ向かう事となった。それらに対応してASEAN各国は,それまでの外資政策を転換し,多くの直接投資を受け入れながら急速な発展を開始した。

 1967年に設立され1976年から域内経済協力を開始したASEANも,自由な貿易体制とともに,投資の自由化と直接投資の増大という大きな変化に対応してきた。ASEANは,それまでの域内経済協力戦略を1987年に転換し,ASEAN全体で外資依存輸出指向の工業化を支援することとなった。

 1990年代になると,冷戦構造の変化が,市場領域の拡大を導いた。アジアでは中国やベトナムが,社会主義体制を維持しながらも市場経済を導入してきた。ASEANにおいても,それまでASEANと対立してきたインドシナ諸国がASEANに加盟するという歴史的な出来事が起きた。ASEANは,1980年代からの投資の拡大と1990年代からの領域の拡大の両方の大きな変化を受け,世界経済の構造変化の焦点となった。

 1999年からのアジア経済危機も大きな影響を与えた。そしてアジア経済危機後の中国の急速な発展などの変化に対応して,ASEANは,2003年からはASEAN経済共同体(AEC)の設立を目指してきた。ASEANを中心として,東アジアの地域経済協力も進められてきた。

 更に2008年からの世界金融危機が世界経済を変化させる契機となった。アメリカは成長のために輸出を指向し,東アジア市場に接近してTPPに加盟した。その影響は,ASEANによるRCEPの提案にも結び付き,東アジアでも広域のFTAが交渉されてきた。

 しかしながら,近年,保護主義が拡大し,貿易と投資の拡大の傾向が逆転する出来事が続いている。アメリカのTPP離脱と米中貿易摩擦の拡大が典型である。米中貿易摩擦は,貿易摩擦にとどまらず,技術や政治と安全保障を含む米中対立に拡大し,現在の世界経済に大きな負の影響を与えている。更に2020年からはコロナ感染が拡大し,ダブルショックとなって大きな影響を与えている。そして米中の対立とそれによる米中間の分断(デカップリング)が,いくつかの分野で更に進む可能性がある。貿易と投資が分断される可能性もある。

 ASEANは,多くの変化に対応して経済統合を深化させ,貿易と投資を促進してきた。2015年にはAEC を設立し,2025年(「AEC2025」)に向けてAECを地道に深化させている。また2020年11月には,ASEANが提案して交渉を牽引したRCEPが署名され,来年の発効を目指している。厳しい世界経済の状況の中で,東アジアの経済統合が進められる。

 ASEANも,日本を含めた東アジアも,貿易と投資の拡大の下で,世界経済とリンクしながら急速に発展してきた。そしてアメリカとも中国とも,経済的にきわめて緊密な関係を結んでいる。米中対立による貿易や投資の分断は,ASEANと東アジアの発展にとって,これまでと大きく異なる前提条件となる。

 ASEANも東アジアも,現在の状況にどのように対応するかが,今後の発展に大きく関わる。10月26日からはASEAN首脳会議と一連の首脳会議も始まる。ASEANは,ミャンマー問題の解決に努めるとともに,自らの統合を進めなければならない。またASEANにとって,RCEPにおける中心性を維持し続けることが重要である。

 RCEPは来年1月の発効を目指している。RCEPの発効は,大きなインパクトを持つであろう。RCEPは,東アジアの貿易と投資の拡大を支援するであろう。WTOによる世界全体での貿易自由化と通商ルール化の機能が低下している中で,世界経済においてもRCEPは重要な役割を担う。

 RCEP,CPTPP,日本EU・EPAの3つのメガFTAを進める日本の役割は,更に大きくなる。CPTPPをどのように拡大するかという事も,重要なポイントである。イギリスの加盟申請に加えて,9月には中国と台湾が加盟を申請した。CPTPPの意義を維持するためには,拡大を指向しながらも,参加希望国に対して,加盟国と同様の高いレベルのルールを求める必要がある。交渉の過程になると,ルールの順守と制度の改革を求める事も必要である。そしてアメリカを何らかの形で呼び戻すことが重要である。

 これまでの長期の世界経済の状況に逆行しつつある状況下で,東アジアの経済統合とメガFTAはきわめて重要である。世界経済の長期的な発展の条件を回復することは,東アジアにとっても世界経済にとっても,難しいが,必須である。

[付記]本稿に関しては,拙稿「変化を続ける世界経済下のASEANとRCEP」国際貿易投資研究所(ITI)『通商政策の新たな地平―畠山襄追悼論叢―』ITI調査研究シリーズNo.121(2021年9月),pp.97-107も,参照されたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2321.html)

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