世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2311
世界経済評論IMPACT No.2311

TPPに再び注目:ベストシナリオは米国復帰後の中台同時加入か

金原主幸

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.10.11

台湾のTPP加入申請「歓迎」は当然

 中国と台湾が相次いで加入申請したことで,久々に日本でもTPPへの関心が高まっている。台湾は日本にとって重要な貿易投資パートナーであり,以前より日台FTA/EPA締結やTPP参加への希望を繰り返し表明してきた。先に加入申請済みの英国と同様に民主主義,基本的人権,法の支配などの基本的価値観も我々と共有し,自由市場経済体制を確立しており,高水準なTPPのルールの受入れも十分可能だ。日本政府の「歓迎」表明は当然である。米国の国務省も台湾の加入申請には好意的なコメントを出している。ただし,中国に先行して台湾のみをTPPに参加させることには中国の激しい反発が予想され,外交的リスクがあまりに大きい。

中国のTPP加入申請は外交・安保戦略

 中国がこのタイミングで加入申請してきた動機が単純な経済的メリットではないことは明らかだろう。すでに,中国専門家や外交・安保問題評論家らによってクアッド(日米豪印)やオーカス(米英豪)などの動きと関連づけた中国の狙いについていろいろ解説されているが,現時点では推測でしかなく先行きは不透明だ。仮に加入交渉が始まっても,最終的な結論が出るのは何年も先のことだろう。そこで本稿では,とりあえずどのようなシナリオがあり得るのかについて大まかに整理することで今後の展開を観察する参考に供したい。

中国がTPP加入しないシナリオ

 中国が加入しない(できない)シナリオは大別すると2つだ。ひとつはTPP現メンバー国のいずれか(単独または複数国)が中国の加入申請を認めず,加入手続きが行われない場合である。仮にこれをケース1としよう。いわば門前払いである。中国に警戒感の強い豪州やカナダあたりにその可能性は否定できないが,その場合,面子を潰され態度を硬化させた中国から申請を阻止した国が様々なかたちで報復や嫌がらせを受ける怖れが大きい。同じ理由から日本が単独で加入申請阻止の立場をとることはまずあり得ないだろう。

 ケース2は11カ国すべてのメンバー国が中国の申請を承認した後,加入手続きが開始され個別交渉等が時間をかけて行われるが,最終的に決裂し合意に至らない場合である。長期的な視点からすれば,これは日本にとって最善の結末とは言えないが,個人的には最も可能性が高いシナリオではないかと考えている。そもそも,中国が本気でTPPに加入しようとしているのか定かではない。米国を意識した外交戦略としての揺さぶりとの見方が専門家の間でも有力だ。

 TPPは通商分野に関する膨大な多国間条約文書だ。その内容を多少とも知るならば,習近平体制の中国が加入申請など悪い冗談だとみる向きがあっても不思議ではない。電子商取引(データの自由な越境移転,サーバーの現地化要求禁止,ソースコードの開示要求禁止等),国有企業への規律,労働と貿易などをはじめとするTPPの理念や基本原則は,単に市場の自由化云々のレベルの問題ではなく,中国の政治・経済体制の本質に踏み込むものだ。これらの問題について中国が大幅な例外規定を要求してくることは明らかだが,TPP側がそうした要求を受入れず交渉決裂に終わるのがケース2だ。仮に米国が来年の中間選挙の直後にでも首尾良くTPPに復帰できれば,このシナリオの可能性が非常に高くなる。というのは,米国のみがたとえ単独でも中国の理不尽な要求を突っぱねるパワーを有する国だからだ。

中国がTPP加入するシナリオ

 中国が加入する(できる)シナリオもふたつに大別できる。ひとつは,中国の大幅な例外規定の要求に押し切られ,最終的にTPP側が譲歩してしまう場合である。これをケース3とする。この場合,前例のない高水準な21世紀型の自由貿易協定と謳われたTPPの理念や基本原則を著しく毀損するばかりでなく,我々と基本的価値観を共有しない中国のアジア太平洋経済圏における主導権を許すことに繋がり,あってはならないワーストシナリオだ。しかしながら,日本,カナダ,豪州,NZ以外のメンバー国の多くは中国の加入を歓迎し,例外規定要求をあっさりと受入れる可能性は小さくなく要注意である。その観点からも米国の早期TPP復帰が強く望まれる。

 ケース4は,中国が本気でTPP加入を目指し,国内の抜本的な構造改革に着手しTTPの基本原則と整合する真に自由な経済社会を実現する場合である。米国が主導しTPP交渉がスタートした頃のTPP本来の戦略的狙いに立ち返れば,このシナリオが4つの中でベストシナリオだ。ここで強調しておきたいのは,TPPの目的は決して中国排除ではないということである。

 民主党政権下の10余年前,すでに進行中だったTPP交渉への参加の是非をめぐり国論が二分していた中,米国は一刻も早い日本の参加を強く求めていた.当時,経団連のイニシアチブでTPP早期参加のため立ち上げた国民会議の事務方の責任者だった筆者に対し,米国のビジネス界から繰り返し到来するメッセージは単純明快だった。それは「2大先進国の日米が連携しTPP交渉をリードすることによって,成長著しいアジア太平洋経済圏全体をカバーする高度なビジネス・ルールを構築しよう」だった。USTR(米国通商代表部)を突き動かす米国ビジネス界のターゲットの本丸は中国であることは明らかだった。当初から中国をTPPに入れることはできないが,将来的な中国参加を見据えてTPP文書をドラフトしていたのである。在日米国商業会議所の某幹部が「TPPには自由貿易協定として初めて国有企業の規律に関するチャプターを立てたが,実はこれは隠された対中戦略なんだよ。日本にとっても将来の大きなメリットだぞ」と筆者に熱っぽく語ったことを鮮明に記憶している。TPPの究極的な狙いは中国封じ込めではなく,中国を21世紀に相応しい国際基準のルールに関与させ取り込むことだった。ケース4がベストシナリオであることの所以である。

 しかしながら,ひたすら強権国家の道を突き進む習近平体制の現状をみると,残念ながらそうした米国の当初の狙いは楽観的過ぎだったと言わざるを得ない。それでも日本としては,まずはカナダ,豪州,英国等と連携しつつ米国のTPP復帰を実現させ,しかる後に長期的な視点からじっくり時間をかけて中台同時TPP加入を目指すべきではないか。その際,TPPの理念と基本原則は揺るがすことなく堅持されることが大前提である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2311.html)

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