世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2272
世界経済評論IMPACT No.2272

地域同族企業と社会情緒的資産

大東和武司

(関東学院大学経営学部 教授)

2021.08.30

 子どものときの風景が残っている。母校(小学校)の校歌は,テンポよく,「青い空です用倉の」で始まる。教室の窓からそよ風が入り,向こうには用倉山の新緑が見え,そのうえに澄んだ青い空が広がる。二番「しぶくにじです沼田川の」,三番「続く波です田園の」。校歌の調べと詩は,そういった風景をいつでも思い起こさせてくれる。

 文明化は,それぞれの地域の木立,河川,田畑,草花などいった自然の風景を変えていき,ひいては風景のいくつかを無くしていく。地域の文化のいくつかもそうだろう。われわれに残されたのは,その風景を叙した詩やことばなど。詩やことばを通じて,われわれは,再び,いま一度,その風景を思い起こし,何かを洗い流し,リフレッシュ(refresh)する。明日につなげるために。感傷的抒情的ではあるが,次の「新しさ」につなげるステップなのだろう。

 風景を眺めることは遠くを見ることである。遠くを見ることは,自然のなかに自分を感じることとなる。自然を社会に置き換えてもいいかもしれない。全体のなかのわたしを意識することであり,頭だけで考えていたことを身体全体で感じ,自らの立ち位置,場所を確かめることにもなる。部分だけをクローズアップして意思決定をするのではなく,ロングショットで,俯瞰化したうえでの決定にもつながる。合理性だけでなく,非合理性を加えたうえで判断することにもなるだろう。眺望はこうしたことを物語っているように思える。

 ところで,ファミリービジネス,同族企業に関する議論で注目されているもののひとつにSEW(Socioemotional Wealth:社会情緒的資産)の概念がある。2007年頃から議論が深まってきたが,非財務的要素に着目して,ファミリービジネス,同族企業の特徴を明らかにしようとするものである。Berroneほか(2012)は,ファミリーの支配と影響力(F),ファミリーのアイデンティティ(I),社会的なつながり(B),ファミリーへの情緒的な愛着(E),ファミリーの絆を取り戻す後継者の役割(R),FIBERと呼ばれる多次元的な構成概念でSEWを説明している。Berroneほか(2012)は,ファミリー企業内の意思決定プロセスにおける行動を説明するといい,他方で,Debickiほか(2016)は,SEWは無形で心理的なものであるために,企業行動への影響は,ファミリーメンバーにとっての保存と獲得の重要性に大きく左右されるとし,SEWを意思決定のフレーム化につながる気質的な要素であり,備わっているものとして捉えている。SEWの構成概念の妥当性についての検討はまだまだ継続中である。そのほか,例えば,財務的要素との関係,それらの補完性と代替性の観点からの議論は必要であろう。ただ,永続性の説明にはそれなりに妥当性をもっていると思われる。

 ファミリービジネス,同族企業であれば,創業者や後継者の思いとか考え方について,身近に接して,きわめて親しい対話によって,幾度となく,同じ場で時間を共有しているだろう。それは,残されたことばで外部の人間が紡いでいくよりも「再現」への有効性は高いだろう。ある意味,直接的なRe:(再び)を体感できる。

 「再び」に関連して,レクリエーション(recreation)というとなんとなく遊びという感じが強いが,re-creationであり,気(を)晴らし,次の創造,創作の前段階と捉えることができる。作家,詩人,俳人などであれば,ことばとことばを紡ぎ,あるいはこれまでのことばの取り合わせを工夫することで,「新しさ」を伝えようとするが,ファミリービジネス,同族企業の場合は,直接に,また間接的に伝えることは,後継者にとっては,「新しさ」であるだろう。シュルレアリスムのように意外な組み合わせの違和感とか居心地の悪さによって「新しさ」を求めようとした「デペイズマン:dèpaysement」,「オストラニェーニエ:ostranenie」(異化,非日常化)ではなく,日常生活のなかで,素直に率直に伝承されていくし,それが永続性につながっていく。

 永続的な企業はまた,身内のことだけでなく,地域のこと,社会のことを次第に意識し,考えていくようだ。それは,利他的,あるいは公益性,社会とのつながりを大切にしていく姿勢になってくる。いま一度,立ち止まって,遠くを眺め,そのファミリービジネス,同族企業が置かれている位置あるいは場所を考え,意思決定をし,行動しているといえる。SEW的要素は,意思決定が迅速か遅いかではなく,地域同族企業の意思決定のプロセスに含まれているのは間違いないだろう。

 虚実は皮膜の間(あわい)にありともいうが,実際を把握することは難しい。虚が実際なこともあるだろう。松尾芭蕉は旅をしたが,旅は刺激をもたらす。旅で,新しい実感をつかもうとしたのだろう。身体を移動させ,それぞれの場所の風景を感じ,多くの人びとに会う。頭のなかだけではなく,身体全体で実際をつかみ,ときに俯瞰しながら,ことばに変えて,表わしていく。創造と破壊を繰り返し,推敲し,ようやく一句がもたらされる。

 地域同族企業でいえば,輸出以上にFDI(対外直接投資)の意思決定は悩むだろう。愛着ある場所から部分的とはいえ資産を切り離し,新たな地で,生産活動までにこぎつけ,採算につながるように定着させていくのであるから,旅以上の刺激,苦労だろう。一人ではなく,組織として,その地の人びとも組織内に入れ,進めていくのであるからたいへんである。財務的要素のみで経営はできないし,非財務的要素が当然ながらかかわっていく。海外子会社がファミリーのSEWをいかに複製移転させて,組織のSEWにしていっているのかについては,興味深いところである。

[参考]
  • 長田 弘(2013)『なつかしい時間』岩波新書
  • Berrone, P., Cruz, C., & Gomez-Mejia, L. (2012) “Socioemotional wealth in family firms: Theoretical dimensions, assessment approaches, and agenda for future research”, Family Business Review , Vol.25, 258-279.
  • Brigham, K. H. & Payne, G. T. (2019) “Socioemotional Wealth (SEW): Questions on Construct Validity”, Family Business Review , Vol. 32 (4) , 326–329.
  • Debicki, B. J., Kellermanns, F. W., Chrisman, J. J., Pearson, A. W., & Spencer, B. A. (2016) “Development of a socioemotional wealth importance (SEWi) scale for family firm research”, Journal of Family Business Strategy, Vol.7, 47-57.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2272.html)

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