世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
COVID-19下の貿易救済措置の動向
(小樽商科大学 教授)
2021.08.23
2019年末に最初に確認されたと言われるCOVID-19は,2020年以降日本を含め世界で猛威を振るっている。そしてこのコロナ禍は,貿易にも大きな影響を与えた。始まりは,2020年1月下旬以降の中国の工場閉鎖による世界の生産ネットワークの停滞と分断である。「世界の工場」と言われている通り,中国で作られている最終製品や部品は多岐にわたり,しかも大量である。ところが,中国からの最終製品のみならず部品の輸出も低調となったことにより,国際的な生産ネットワークが分断され他国での生産も停止を余儀なくされた。また,2020年3月以降,各国の外国人入国拒否政策により人の移動が制限されることで,ますます経済活動が停滞した。さらに,ロックダウンが世界各所で行われることにより生産活動と物流が麻痺し,いっそう貿易が縮小した。その後,ロックダウンが順次解除されるとともに貿易は急速に回復したが,WTOの報告によると,2020年の世界の商品貿易は5.3%の減少に至ることになった。これに伴い,各国の景気は急速に冷え込み,IMF発表の2020年の世界のGDP成長率は3.3%減少となっている。早期にコロナを押さえ込んだ中国は経済の立ち直りが早く他国が軒並みマイナスの中唯一プラスであったが,それでも例年ではありえない2.3%という低さであった。
このような状況下で,貿易救済措置はどのような動きをしたのだろうか。貿易救済措置とは,アンチダンピング,補助金相殺関税,セーフガードなどの国内産業の保護のために一時的に関税を引き上げても良いとWTOで認められた措置である。貿易が縮小すれば貿易摩擦も自ずと減り,調査開始や発動は減るかも知れない。一方で,景気後退期にはアンチダンピングの提訴は増えるとの研究が見受けられる。いったいどちらだったのだろうか。
WTO発表による2020年の世界のアンチダンピング調査開始件数は349件で,2019年の214件より63.1%も増大した。補助金相殺関税の調査開始件数は55件で,前年の36件より52.8%増大した。セーフガードの調査開始件数は23件で,2019年の30件より23.3%減少したが,2018年は16件でその前はさらに低かったことを勘案すると,増加傾向にあるといっても良い。では,発動件数はどうだろうか。アンチダンピング措置は113件で,2019年の146件より22.6%低い。補助金相殺関税措置は24件で,2019年の35件より31.4%低い。セーフガード措置は12件で,2019年と同じである。調査開始件数は増大し,発動件数は減少傾向である。これは何を意味しているのだろうか。
実は,貿易救済措置の調査開始件数はその年の状況を反映するのではなく,1〜3年前の状況を反映すると考えられている。というのは,企業が申請してから調査当局が調査を開始するまで1〜2ヶ月かかり,そこから1年ほどかけて調査し結論を出すため,ここまでで13〜14ヶ月がかかっている。そもそも提訴する産業は,調査開始前に資料を集め,申請書を作成するために時間を要している。つまり,2020年の貿易救済措置の申請数は,その1年以上前の提訴企業を巡る経済状況や政治状況が反映しているのである。
もう少し詳しく2020年の状況を見てみよう。2020年に最もアンチダンピング調査開始件数が多かったのはインドの92件であり,2019年の59件より55.9%増加した。インドはもともと最もアンチダンピングに前のめりの国である。次いで米国の89件であり,2019年の33件より170%増であった。2019年から2020年の増加件数うち,米国は41.5%を占めている。また,2020年に補助金相殺関税の調査開始件数が最も多かったのは米国の30件であり,2019年の17件の76.5%増であり,2020年全体の54.5%を占めている。米国の貿易救済措置は政治的な影響を受けやすいとも言われており,保護主義的なトランプ政権の最後の年であることが反映しているとも考えられる。そして,2020年までの貿易救済措置調査開始の増加傾向自体が,米国に端を発する世界的な保護主義的傾向を表していたのかも知れない。
リーマンショック時も,2008年第4四半期から2009年にかけて貿易が縮小し景気も後退したが,アンチダンピングや補助金相殺関税の調査開始件数が減少したのは2010年であった。ただし,当時はG20メンバーやWTO加盟国が反保護主義を標榜したため,その影響も考慮すべきかもしれない。このたびのCOVID-19が貿易救済措置に与える影響を知るためには,今年と来年の動向を見なければならない。
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