世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2257
世界経済評論IMPACT No.2257

インドのコロナ危機と経済展望

小島 眞

(拓殖大学 名誉教授)

2021.08.16

猛威をふるったコロナ第2波の襲来

 今年5月,インドでのコロナ禍の爆発的拡大は,連日,ショッキングな映像を伴って世界を震撼させた。1日当たりの新規感染者数は昨年9月のピーク時には10万近くを記録した後,今年2月初めには1万人前後に減少したため,それを受けてモディ政権はコロナ対策で勝利宣言した。皮肉にも,感染力の強いデルタ変異株がマハラシュトラ州(州都:ムンバイ)のアマールヴァティにおいて確認されたのもその頃であった。3月初めに州政府の医療担当者から中央政府の首相府に報告されたにもかかわらず,迅速かつ適切な対応が示されなかったため,その後の感染拡大を招く結果となった。

 インドでは聖なる川沿いの4カ所で,それぞれ12年に1回,数百万人が集合・沐浴する大規模な宗教行事(クンブ・メーラー)が催されており,今年はハリドワール(ウタッラカンド州)で4月に予定されていた。その際,敢えて集まりを規制しなかったため,夥しい人数が感染したとされる。また4月の州議会選挙戦においてモディ首相が激戦区の西ベンガル州に応援に駆け付けた際,大勢の人々が規制を受けずに集まったとされる。

 こうした状況を背景として,5月に入って1日当たり新規感染者は一挙に40万人に激増し,酸素マスクの不足を引き金とした社会的混乱も極致に達した。コロナ感染による1日当たり死者数も4000人に急増し,累計死者数は7月には40万人を記録するまでになった。ただしインドでは死亡診断書を伴った死亡登録は20%強に過ぎず,県・州レベルでのコロナ感染による死亡は過小評価されているということで,実際の死亡者数は数百万人(340万~490万)(注1),少なくとも公式発表の数倍に及ぶとする見方が有力視されている。

峠を越えたコロナ危機:棚上げされたワクチン外交

 感染拡大を抑えるための切り札とされたのが,ワクチン接種の推進,さらには州レベルでの外出禁止令や都市封鎖という規制措置であった。その際,経済活動への打撃を考慮して,モディ政権は昨年実施したロックダウン(全土封鎖)はあくまでも最終手段であるとして,各種規制は州レベルでの取り組みに委ねられた。

 世界最大規模のワクチン製造企業を擁するという利点を発揮して,インドは活発なワクチン外交を展開し,今年1月から3月までに65カ国向けに5800万回分のワクチンを提供していた。しかしながら足元での感染者の顕著な拡大を目の前にして,ワクチン外交は棚上げされ,海外からの支援も含めて,国内向け供給拡大が最優先されることになった。

 その後,米国からのワクチン原材料の輸入が規制されるなど,ワクチン供給の拡大は一時的に制約された。ワクチン接種の対象者は,当初,60歳以上に限定されたが,4月より45歳以上,さらに5月より18歳以上に引き下げられるとともに,ワクチン接種の責任は州政府に負わされ,混乱を余儀なくされた。最高裁の勧告を踏まえて,ようやく6月21日より中央政府の責任に基づいて,18歳以上は中央・州政府の施設において無料でワクチン接種を受けられることになった。その結果,1日当たりのワクチン接種回数は5月の平均193万回から6月には平均413万回に上昇するまでになった。

 今年8月6日現在,ワクチン累計接種回数は5億回強に達しており,接種対象人口の約38%が1回目の接種を受け,さらに10%以上が複数回の接種を受けたことになる。インドのコロナ第2波は6月以降,収束傾向にあり,そのことはインド全土でのRT-PCR検査での陽性率が5月9日時点の22.8%から6月30日には2.3%に低下していたことからも窺われる。ちなみに一日当たりの新規感染者数も,7月以降,約4万人程度に推移している。

経済回復と今後の展望

 インドの代表的なシンクタンクであるCMIE(インド経済モニタリングセンター)の調査によれば,昨年のコロナ第1波の際,3月末より断行された全土封鎖の下で,同年4~5月の失業率は23%に跳ね上がったという経緯がある。今年のコロナ第2波の場合も,ロックダウンの実施に伴い,4~5月には2270万人が失職し,そのため失業率は3月の6.5%から4月には7.97%,さらに5月には過去1年間で最も高い11.9%を上昇した。その後6月には都市部の給与所得者を中心に780万人が雇用を回復し,失業率は8.75%,さらに7月には6.34%に低下し,第2波到来前の3月の水準にほぼ回復するまでになった。

 さらにHIS Markit社の購買担当者景気指数(PMI)に目を転じると,需要拡大,さらにはロックダウンの緩和措置を背景として,製造業PMIは6月の48.1から7月には55.3へと顕著は回復を示している。他方,サービスPMIは6月の41.2から7月には45.4に向上したものの,景況感の分岐点とされる50には回復していない。このことは,コロナ禍の現況がサービス部門に及ぼした影響の大きさを物語っている。

 今年度のインドGDP成長率については,今年7月のIMFの最新予測では,4月時点の予測に比べて3%引き下げてはいるものの,9.5%と見込まれており,中国の8.1%よりも高めの水準が設定されている。中長期的に持続的な成長を遂げるためにも,インドでは電力部門,農業部門,ガバナンスなど各論での腰を据えた改革が不可欠とされるが,それと同時に,コロナ第3波の到来を食い止めるためにも,当面はワクチン接種の推進に手を抜けない状況にある。

[注]
  • (1)Abhishek Anand, Justine Sandefur, and Arvind Subramanian, “Three New estimates of India7s All-Cause Excess Mortality during the COVID-19 Pandemic,” Center for Global Development, Working Paper 589, July 2021.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2257.html)

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