世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2243
世界経済評論IMPACT No.2243

失効した米国の貿易促進権限法:復活は2023年以降か

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.08.02

7月1日で失効した2015年貿易促進権限(TPA)法

 米国が諸外国と貿易協定を締結するために必須の2015年貿易促進権限法が,2021年7月1日失効した(以下,貿易促進権限Trade Promotion AuthorityはTPAと略)。

 2015年TPA法の有効期間は2段階方式がとられ,第1段階が2015年6月29日から2018年6月30日までの3年間,第2段階は大統領が延長を求め,議会が承認すれば2021年6月30日までの3年間であった。この合計6年間は,トランプ政権の4年間と重なるが,トランプ大統領が締結し,議会が実施した貿易協定は,NAFTA(北米自由貿易協定)を改定したUSMCA(米墨加協定)の1本だけであった。

 トランプ大統領は同法に基づき,英国,EU,日本およびケニアとの貿易交渉の開始を議会に通告したが,これらすべての交渉は在任中に終結できず,政権を引き継いだバイデン大統領は交渉を再開しなかった。このため,これら4件の貿易交渉はすべて白紙に戻っている。なお,交渉開始を議会に通告したのは,英国,EUおよび日本が2018年10月,ケニアが2020年3月であったが,このうちEUと日本(第2段階交渉)との貿易交渉は開始されないままとなった。

 英国との貿易交渉が最も進んでいたが,バイデン大統領は3月末までに交渉を決着し,2015年TPA法の期限内に議会承認を得る方針を取らなかった。パンデミック対策など国内課題の解決を最優先させたことが最大の要因だが,仮に協定が締結されたとしても,民主党が多数党となった新議会が議会承認に進むことは不可能であった。

 しかし,2015年TPA法の失効前後に,米英両首脳が面談する機会は何回もあり,英国のトラス国際貿易相もワシントンに来訪しているが,米英貿易協定交渉の今後について,バイデン大統領もUSTRのキャサリン・タイ代表も全く言及していないのも奇異である。トラス国際貿易相は昨年11月に任命した対米首席交渉官のアマンダ・ブルックスを6月初めに他の担当に異動させ,ジョンソン英首相は国内問題の解決を最優先するバイデン大統領の政策を了解して,米英貿易協定の締結は数年後になろうと楽観的に語っている。

 ところで,失効した2015年TPA法の復活はいつになるのだろうか。米国のデジタルサービス交渉などの関係もあろうが,TPA法の復活は党利党略が複雑に絡み,一旦失効すると,復活までには8年ほどかかるのが過去の例である。今回も来年の中間選挙,24年の大統領選挙といった政治日程が大きく影響する。今後の展望のためにも,過去の経緯をまず知る必要がある。

失効と復活を繰り返す米国特有の制度

 米国大統領が諸外国と貿易交渉を行うためには,大統領は議会から貿易交渉を行う権限を授権しなければならない。この権限は,以前はファストトラック権限(Fast Track Authority),現在は貿易促進権限(TPA)と呼ばれている。これは米国以外には例のない独特の制度である。

 米国憲法第2条2節2項は,行政府の長である大統領の条約締結権を規定している。しかし,憲法はどのような条約を大統領が締結できるか明確に規定していない。一方,米国憲法は第1条8節3項で,諸外国との通商を規定する権限は議会がもつと定めている。しかし,議会は直接諸外国と貿易交渉を行うことができない。このため,最初に1934年互恵通商協定法によって,議会は大統領に対して貿易協定を交渉する権限を授権し,大統領が交渉し,締結した貿易協定を,議会が承認するという方式が取られている。

 議会の承認とは,貿易協定を国内法として制定することであり,そのためには,上下両院がそれぞれ単純多数決で,貿易協定を実施する法案を可決する。この審議では,協定の中身に対する修正は認められず,協定全体を賛成か反対かの二者択一で票決する。このため,ファストトラック権限および貿易促進権限に基づく貿易交渉は米国政府と議会が綿密に連携して行われることが前提となる。

 諸外国との間で締結された貿易協定は条約ではない。条約は大統領の判断で交渉し,上院の3分の2の賛成で批准される。貿易協定は条約と同等の効力をもつ行政協定だが,条約の批准と貿易協定実施法案の審議とは根本的に異なる。これは,上記の貿易に関する議会権限と密接に関係している。

 この仕組みは,GATTのケネディ・ラウンド,東京ラウンドさらにウルグアイ・ラウンドといった多国間貿易交渉のほか,レーガン政権から始まり,現在20ヵ国と締結している二国間,複数国間の自由貿易協定交渉のすべてに適用されている。なお,これまで締結された貿易協定が議会の反対で最終的に否決されたことは一度もない。

 1934年互恵通商協定法によって大統領に与えられた貿易協定交渉権限は,1962年通商拡大法までの30年間,合計11回更新され,1967年失効した。その7年半後に施行された1974年通商法によって,大統領の交渉権限が復活し,同時に東京ラウンド交渉に備えて,関税以外の非関税障壁の削減交渉にも交渉権限が拡大された。また,締結された貿易協定の議会審議に日数制限を設けて,審議を迅速化するファストトラック権限が創設された。この規定は4回の延長を経て1994年4月16日に失効した。

 それから8年4ヵ月後に制定された2002年TPA法(2002年8月6日制定)は,名称をファストトラック権限から貿易促進権限に変えたが,ファストトラック権限の骨格は維持され,その失効(2007年7月1日)から8年後,2015年TPA法(2015年6月29日制定)に引き継がれている。今回,7月1日に失効したのは,この2015年TPA法である。

[参考資料]
  • 「2015年貿易促進権限法の制定-回復する議会の権限」(拙著),『季刊国際貿易と投資』100号記念増刊号,2015年10月,国際貿易投資研究所,142−158頁。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2243.html)

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