世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2223
世界経済評論IMPACT No.2223

インドのコロナ第2波の教訓と第3波への備え

山崎恭平

(東北文化学園大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.07.12

 日本や欧米諸国が第4波,5波の新型コロナウィルス感染拡大に見舞われる中で,インドでは第2波がようやく収束中で,第3波への備えが始まっている。14億人近い人口大国で多くの感染症を経験してきたインドでは,第2波感染急拡大の衝撃が大きく独立以来最大の悲劇ともいわれるほどであった。日本でも途上国故の医療崩壊の悲惨な光景が伝えられたが,インド政府は国内外の厳しい批判に晒される中で政策を修正し第3波以降の感染拡大に備えようとしている。

気の緩みや油断に変異種の流行

 インドの新型コロナ感染拡大の第1波は昨年9月をピークに収束に向かい,今年1月16日に医療従事者からワクチン接種が始まったこともあって楽観論が出始めていた。それが3月頃から感染者や死者が急拡大を見せ始め,5月半ばには一日の感染者が40万人,死者も4,000人台に及ぶ第2波に見舞われた。この感染拡大でインドは感染者総数では米国に次ぎ世界第2位,そして死者総数では米国,ブラジルに次ぐ世界第3位となり,病院の病床,医療用酸素,治療薬等が不足するほか,ワクチン接種が滞り,医療崩壊が危惧されるようになった。野党やマスコミ,国民の政府批判も激しくなり,モディ政権の支持率は政権担当以来の大幅な低下となった。

 第2波の要因は,概ね次の3点に集約されよう。第1に,政府と国民双方に楽観論が広がり,いわば気の緩みや油断があった。確かに,感染者や死者の総数は世界有数の大きさでも,人口100万人当りの感染者数や死者数は世界の中で小さく,死亡率(CFR)は1%台と主要感染国の中では最低であった。第2に,国産のワクチンがありワクチン接種を早くスタートさせたものの,医療従事者や60歳以上の高齢者の優先接種が終わらない内に45~59歳,さらに18~44歳へと接種を広げ,また地方政府や民間病院にワクチン調達を認めてワクチン需要がひっ迫,ワクチン不足で接種が遅れた。第3に,感染力が増したウィルス変異種,特にデルタ種(インド株)の流行である。

 第2波の窮状に対して,政府は,不足するワクチンだけでなく治療薬,医療用酸素等の国内増産と輸入手当を行い,海外向けのワクチン提供を一時中断した。前者では日米豪印4カ国のQUAD協力で特に米国から大きな支援があり,またワクチンでは中央政府が一元調達に戻して混乱を収拾し安定供給を図った。その上で,年内に25憶7,000万回の接種を予定し,ワクチン不足が見られた5月半ばには1日に160万回程度に落ち込んだものの6月終盤には500万回に回復し,今後はさらに800万回へと拡大が見込まれている。

「世界の薬局」として国際協力も

 ワクチン接種とともに感染検査も重視し,検査数は日に180万件を数えこれまでの累計検査数は4億件を超え世界有数の実績となっている。そして,政府が国民に強く要請しているのがマスク着用や手洗いの徹底,密集の回避である。多様な文化,宗教等の集団的な祭礼や催事が多い中でソーシャル・デイスタンスを守り「密」を避ける生活様式を改めて国民に呼びかけている。第2波の一因になった政治集会の在り方や人気スポーツの観戦についても,密集回避を要請している。こうした国内対策の徹底を国民に求めるとともに,この感染力の強い新型コロナウィルスの対策では,グローバル化が進展する現在国際協力を続ける意向である。

 インドはジェネリック医薬品やワクチン類の世界的な生産地で輸出国である。新型コロナウィルスの場合いち早くワクチンや治療薬を近隣諸国に提供,国内不足で一時中断されたものの今後も国際協力を続ける意向である。インドは「世界の薬局」といわれ輸出ビズネスに結び付くだけでなく,WHOのCOVAXファシリテイを通じたワクチンの国際協力も行ってきた。それは感染撲滅に向けて外国に協力する「Vaccine Maitri(友愛)イニシアティブ」政策の実施であり,また今日のグローバル化した現代にあっては国の内外を問わず“No one will be safe till everyone is safe”(みんなが安全になるまで誰も安全ではない)からである(ジャイシャンカール外務大臣)。

 インドは昨年3月新型コロナウィルス対策を進める中で,無力化している南アジア域内の協力機構SAARCに医療協力の枠組みを立ち上げた。そして,パキスタンを除く域内国にワクチンを無償で提供してきたが,国内ワクチン不足で提供を中断した際には中国がワクチン提供を始めた。中国は多くの外国へワクチン提供をしているが,国際医療協力に政治的な思惑を絡めた「戦狼外交」の一環ともいわれる批判がある。また,米国や西欧主要国はこのウィルスの発生源となった武漢研究所の情報開示を中国に求めており,インドも同調している。インドの感染者第1号は武漢市から帰国した留学生であったし,世界的なパンデミックを早期に収束を図る上でこのウィルスの由来解明が問われている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2223.html)

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