世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2195
世界経済評論IMPACT No.2195

EU政治に影響力を強める欧州議会:EUの統治構造の変化

児玉昌己

(久留米大学法学部国際政治学科 教授)

2021.06.14

 欧州議会関係のニュースが昨今増えてきた。EUの欧州議会によるEU中国投資協定の批准手続きの凍結は印象的であった。英のEU離脱に付随するEU英間の通商協定も欧州議会の同意が前提であった。通商協定に最後に承認を与えるのは欧州議会であり,それまでは暫定的な協定でしかないことを知っておく必要がある。

 欧州議会はEUの「勝ち組」というべき発展を遂げているが,この間,EUの統治構造も変化している。この論考ではそれ見よう。概括して節目が3つある。

 第1は,45年前で,欧州議会の直接選挙を可能にする欧州議会選挙法の導入である。

 これによって,欧州議会議員が加盟国から直接選挙されることになった。長く「総会」と呼ばれていた欧州議会であるが,加盟国議会の議員が加盟国の勢力と議員定数に応じて派遣される兼任の議会でしかなかった。

 1976年に直接選挙法が成立し,79年に第1回の直接選挙が実施された。EU市民から直接選ばれたことで,欧州議会の正統性と権威を格段に高めた。

 第2はEU設立条約による共同決定手続の本格導入とその後の一連の条約改正による立法権限の拡大である。欧州議会は2009年のリスボン条約で理事会との共同立法権者と明記された。すなわち,理事会が決定し,欧州議会が追認するという従的役割を完全に払拭し,加盟国の国家利益擁護機関である理事会との対等の関係を明確にした。

 第3は,リスボン条約によって行政府の長を選出する権限まで獲得したことである。

 フィナンシャル・タイムズは英保守党同様これを国家の権限を弱めると危険視する立場にたってこの権限の変化を「歴史的な権力の移行」と表現した。ただFT紙の意図が何であれ,欧州議会が欧州委員会の長を選ぶというのは,近代の議会制民主義に沿った動きであったといえる。

 EUでは行政府,すなわち欧州委員会の長の選出方法を巡りEU内で,長を直接EU市民から選ぶ方法と議会の多数派が選ぶ方法で長く議論があった。が,後者が採用された。この結果,欧州議会選挙が活性化し,EUの統治構造は議院内閣制制に接近するものとなったといえる。確かに「閣僚」に相当する欧州委員の指名は各国家の権限であるが,候補者は公聴会で能力を問われ,加盟国による人選の差し替えも最近は常態化している。

 議会が行政府の長が選出できるかは,議会の正統性に直結する問題である。通常,国家の議会では選挙を通して,有権者は行政府の選択や構築するに与る。だが欧州議会選挙では遺憾ながら有権者が支持する候補や政党に投じても,行政府の選択には何の影響を行使できずにいた。であるならば,有権者が投票所に出向く誘因を欠くことになる。

 実際,1979年の直接選挙実践以降,5年ごとの選挙の度に投票率は下げ続け,1999年の平均投票率は50%を割り込んだ。行政府構築の権限を巡っては,欧州議会はその正統性と行為の正当性の深刻な危機と直結していたのである。

 注目すべきは,欧州議会の主要な欧州政党がこの権限を活用し,さらに歩を進めたことである。統合推進派の主要な欧州政党は欧州議会選挙の前に予備選挙を導入し,欧州委員長の候補者を選定した。いわゆる「筆頭候補」(spitzenkandidat)である。これは欧州理事会の提案権に抵触する領域に踏み込むことになった。

 欧州理事会からすれば,欧州政党が予備選で決めた候補者を欧州理事会が追認するだけとなれば,その提案権は有名無実となるのである(詳細は筆者の『現代欧州統合論―EUの連邦的統合の深化とイギリス』成文堂,2021年,第7章を参照)。

 2014年の選挙では欧州議会選挙で欧州人民党(EPP)の筆頭候補のルクセンブルグ元首相ユンケルが欧州理事会で提案され,議会で選出された。2019年でも筆頭候補制で主要政党の予備選が実施されたが,問題を残した。欧州議会選挙では2大政党が歴史的敗北を喫し,欧州議会史上初めて両党で過半数を獲得できず,機関間に齟齬が生じた。欧州理事会では,欧州議会での筆頭候補とされたEPPのマンフレート・ヴェーバを受け入れず,筆頭候補者選定のプロセスを経ていないフォンデアライエン(VDL)女史が欧州議会に提案された。この変更ではEUのEPPと欧州社会党の2大政党の独占を嫌うマクロンが強い影響力を行使した。

 筆頭候補制を無視した欧州理事会によるVDLの提案は,欧州議会から激しい反発を生み,欧州議会での欧州委員長の選出投票では,VDLが薄氷の差となった。もし欧州理事会によるこの人事案が欧州議会で否決されていたら,欧州理事会はVDL以外の候補者を再提案する必要があったのである。

たかが欧州委員会の長のことというなかれ。

 6月3日「ドイツはEUの大気汚染規制に継続的に違反,欧州司法裁が判断」(ロイター)との報道がなされた。EU27カ国中最も強大で影響力を持つドイツ政府に対して,EUの大気汚染規制に継続的に違反すると欧州司法裁判所は判示したのである。

 この小論との関係で重要なのは,だれがこの訴訟の原告なのかである。原告は欧州委員会である。欧州委員会はEU法の適正執行の監督者である。しかも,その長は,敗訴したドイツ出身のVDLである。そして同女史を委員長に選出したのが,欧州議会であった。

 世は上げて環境保護の時代。今秋行われるドイツの総選挙では,史上初の緑の党の首相の可能性さえ報じられている。注目のコロナ復興基金の共同債の返済では新税も構想されており,新税を含むEU予算は欧州議会の権限下にある。

 今後とも,欧州議会はEU政治の全領域に影響力を強めていくのは確実である。加盟国の動向を見るだけのEUウオッチャでは,EU政治は全く見えないということである。

 イギリスの政治学者バーナード・クリックは,What is Politics?(講談社学術文庫,2003年)の中で「議会は単に伝統的制度であるというだけではなく,政治生活の核心」と書いている。着実に欧州連邦に傾斜していくEUにおいても,議会の重要性は同じなのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2195.html)

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