世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3490
世界経済評論IMPACT No.3490

オルバンが搔きまわすEUと仏の極右国民連合

児玉昌己

(久留米大学 名誉教授)

2024.07.15

EU理事会議長になったハンガリー

 オルバン・ビクトールはEUの人口1千万弱の国家ハンガリーの首相である。そしてこのハンガリーが,EU理事会議長国を7月1日から半年の任期で務め始めた。議長は加盟国が届け出た国名のアルファベット順に輪番制で務めている。これまで,EU理事会議長国にさほど関心が集まることはなかった。時期が来れば平等に,すべての加盟国がその任につくのだから。しかし,今回ハンガリーが議長国を務めることには,俄然話題を集めている。

 EU理事会といえば,金融,農業,外交など各政策分野で各加盟国の閣僚が出てくる,いわばルーティーンの制度である。閣僚理事会というのが実態に即している。EU理事会は,共同立法権者の欧州議会と共にEU法を制定するという重要な任務がある。事案ごとに担当閣僚が集まる理事会の議長は,この7月からハンガリー出身の閣僚が務めることになる。

 他方,EUにはメディアに「EU大統領」と表記される欧州理事会常任議長がいる。10月まではベルギー首相経験者のシャルルミッシェルが務める。任期2年半かつ再任可で最長5年を務めることができる。

 先述のとおり,これまでは,欧州理事会の常任議長とは違い,EU理事会の議長が話題になるものではなかった。しかるに,今回,EU理事会の議長国となったオルバン首相は,自国が議長国になって早々に,ロシアに飛び,プーチンと会談し,さらにはアゼルバイジャンで開かれたチュルク諸国機構(OTS)の非公式首脳会議に出席した。とくに訪ロについては,「平和のミッション」と自己弁護している。

 このハンガリーのオルバンの行為にたいして,EUが猛反発した。

 ドイツは,これを独断専行として,政府はハンガリーとの外相会談をキャンセルした。またEU外交安保上級代表のボレルも,抗議した。EUとハンガリーの間では,何の事前協議もなされていなかったし,委任も与えられていなかったからだ。実際,7月1日からEU理事会の議長国になったばかりで,1週間もせずにロシアやアゼルバイジャンに出かけ,ましてEUが制裁を科しているロシアに出向くなどは,EUからすれば論外ということである。最後は中国の習近平にも表敬訪問をした。ついでに言えば,オルバンはEUの理事会議長になって自国のスローガンを掲げたが,それがなんと「ヨーロッパを再び偉大にする」というものであった。皆さん聞き覚えがあるだろう。トランプ前米大統領のキャッチコピーをそのまま使用したという具合だ。

 アメリカ合衆国大統領選挙では,欧州防衛でトランプに懸念しているとはいえ,EUは表面上は中立を保っている。だが,ハンガリーだけは公然とトランプ支持を明らかにしている。

 これまで法の支配,少数者保護,司法の独立性など「EUの価値」を踏みにじり,ウクライナの追加支援に抵抗し,ロシア制裁を妨害し,一体性を損ない,「問題児」として非難されてきたオルバン首相である。今回,EUの理事会議長という役職を得て,意趣返しに転じているようでもある。あるいは制度への無知を露呈しているともいえる。

欧州議会新会派欧州愛国者党結成 ルペンの会派IDを「乗っ取る」

 オルバンについては,話はこれだけでは終わらない。

 彼の政党「フィデス」が欧州議会においてオーストリアとチェコの右派と組んで,新政党会派を結成したのである。欧州議会の選挙後の新会期開始を前に,各国の政治勢力は新たな会派の形成を急いでいる。

 ハンガリーついていえば,最大会派の欧州人民党(EPP)に所属していたが,相次ぐ反EU的言動からのEPPから放逐されそうになり,EPPを出て,無所属になった。事実上放逐されたといってよい。EPPは一部メディアに誤ってEU懐疑派と誤解されているが,党の規約に欧州統合推進勢力であることを自ら謳っていることを強調しておこう。

 この6月の選挙では,オルバンの「フィデス」は,欧州議会で無所属で戦った。そして21議席中10議席を得た。ハンガリー選挙区では第1党を維持したものの,2議席減で,マジャール・ペーテル氏率いる保守新党「TISZA:尊重と自由」(ティサ)が7議席と追い上げた。

 「フィデス」に戻れば,欧州議会では無所属では政党助成金も,各種委員長ポストも,発言時間でも制限を受け,機能からいって政党としての意味をなくす。それで,今回,EPPを実質放逐されたことに懲りて,自前で欧州議会における新会派を形成し,そのトップに就くという思惑が働いたようだ。

 欧州議会では会派形成には要件がある。新会派は最低23名を必要とし,またその国籍は7カ国以上の議員を必要とする。それでオーストリア自由党や隣国チェコの元首相を誘って,その挙に出たのである。

 7月6日には他の極右政党に呼び掛け,いくつかの参加を得て新会派結成にこぎつけた。政党名は「ヨーロッパの愛国者党」Patoriots for Euiropeである。これに慌てているのは同じ極右政党でまさにフランス国民議会で大幅勢力増のフランス国民連合のルペンである。

 ルペンは欧州議会レベルでは極右政党会派の「アイデンティティと民主主義」(ID)を立ち上げていたが,ここから,なんと5会派の一部のメンバーが「ヨーロッパの愛国者党」に移籍したのだ。内訳を見ると「フィデス」と友党のキリスト教民主国民党(KDNP)から11名。ついでチェコ(ANOなど)の7名,オーストリア(自由党),オランダ(自由党),スペイン(Vox)が各6名で合計42名に及んだ。

 ルペンはこの「ヨーロッパの愛国者党」に加わる協議をしているようだ。ルペンにしてみれば,新参者オルバンに自身の会派を乗っ取られたようなものだ。

 もとより欧州議会フランス選挙区で81名中30名を当選させ,極右の中でも,一大勢力となったのだから,「ヨーロッパの愛国者党」に移っても,最大勢力になることは間違いない。オルバンはそれを知って,先制パンチの形で権益を党内・会派に確立するべく,動いたとももいえる。同じ右派や極右といっても同床異夢ということだ。

 国民議会選挙で忙殺されるルペンにしては,自身の欧州議会での城を荒らされ,潰された形で,不快極まりないことだろう。今後の動きが注視されるところだ。

 なお,本稿執筆中の7月8日,ルペンが率いる国民連合が,オルバンが主導する「ヨーロッパ愛国者党」入りしたことが報じられた。これでこの会派は84名となり,実質的にメローニ首相が率いる欧州保守改革(ECR)を抜き,EPP,社会民主進歩同盟(S&D)に次ぐ,欧州議会第三勢力に躍り出た。更にメローニ首相が党首をつとめる「イタリアの同胞(FDI)」からも8人が移籍しており,欧州議会における政党政治が本格化する。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3490.html)

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