世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3021
世界経済評論IMPACT No.3021

500日余のプーチン戦争とEUの5局面での動き

児玉昌己

(久留米大学 名誉教授・日本EU学会 名誉会員)

2023.07.10

 プーチン戦争はほどなく500日を迎えようとしている。プーチンロシアの残虐さは,少なくとも1.4兆円を超すと試算されるカホウカダムの爆破とそこから派生する農業被害に見られるように悪質さを増している。ウクライナ側の死傷者と武器の損傷は激しい。それはロシアも同じで,民間軍事会社ワグネルとプリゴジンによる「1日反乱」劇が起きた。即ち軍部内,政権内の動揺でもある。

 『世界経済評論』2022年11/12月号に「プーチン戦争とEU」を書いた。侵略200日余りの情勢をみてのことだった。あれから300日余りが経った。ウクライナ情勢についてEUのその後の動きをみてこう。

 5つの局面での動きが指摘できる。

1.EUの対ウクライナ支援とロシア制裁は,米同様,継続的である

 対ロシア制裁は11次を数え,周辺国からの禁輸破りの規制と,輸出制限の対象団体の拡大など着実に実践されている(注1)。

2.EUとNATO延伸による,両者の加盟国の重複と機能の「同期化」。そして,ロシア周辺国のEU加盟の動きは継続中である

 プーチンによる侵略直後,フィンランド,スウェーデンが揃って2022年5月にNATO加盟を申請した。前者は11か月目の23年4月5日に加盟できたが,クルド人問題でのトルコの反対により阻まれているスウェーデンの加盟は現在も交渉中である。ウクライナが切望するNATO加盟については,フランスは,終戦後という条件で可とする方針転換をしたと6月21日付ルモンドは報じた(注2)。NATO内のEU加盟国での「米の核の共有」の方向が模索されている。加えて,英の離脱後EUで唯一の核戦力保有国であるフランスが,ウクライナのEU加盟を戦争終結後という条件付きながらこれを認めた意義は大きい。

 NATOからEUに話を移せば,バルカン諸国に続き,ウクライナ,モルドバ,ジョージアが加盟申請をし,前2者は申請後僅か4か月足らずで候補国認定が合意された。もとより,加盟実現には20年以上の時を要する。ちなみにトルコは1987年のEU加盟申請から36年の時を経ても正式加盟は認められていない。EU加盟は2013年のクロアチアを最後にこの10年新規の加盟国はない。セルビアも2009年の加盟申請から依然未加盟である。

 小国で沿ドニエステルを抱えるモルドバは,5月23日,国際刑事裁判所(ICC)から児童幼児の大量誘拐容疑で逮捕状が出ているプーチンについて,入国すれば逮捕するとサンドゥ大統領が明言した。同国は大阪市並みの人口で,実行可能性の有無を別にしても,EU加盟交渉促進を期待してのものである。ちなみにICC加盟のハンガリーはEU加盟国ながら,国内法が未整備を理由に逮捕しないと対照的である。

3.倫理性,公平性,民主性に立つEUの統合射程は黒海からカスピ海地域に

 ジョージアの首都トビリシで親ロシア政権に対する抗議デモで,激しい放水を受けながらもEU旗を掲げて抵抗した姿を写したあの写真は,EUの高い倫理性へのロシア周辺国の強い期待と共感を示すものである。EUについては,わが国ではユーロ危機,難民危機,英離脱に幻惑され有力メディアや一部の研究者がEU崩壊論,解体論を盛んに唱えた。だが,彼らはEUが持つ強い復元力と,高い倫理性,普遍性がまるで理解できていなかったといえる。

 EUの公平性については,EUの域外に合って旧ソ連構成国で3度軍事衝突したナゴルノ・カラバフの帰属問題で,アゼルバイジャンとアルメニアがなんとEU本部のあるブリュッセルで首脳会議を開き,成果を上げたことにもみられる(注3)。アルメニアは,ロシア版NATOというべき「集団安全保障条約機構」(CSTO)を無意味として離脱を表明している。

 EUと欧州統合は終焉どころか,ユーラシアにおけるEUの地政学的重要性を増大させている。プーチン戦争はブルガリアの政治学者イワン・クラステフが言うようにウクライナの民族主義を高めている(注4)。だが,国家間の政学的観点だけで語られてはならない。EUは多元的民主主義を中心的価値とし,加盟条件も求めている。ロシア周辺国のEU加盟と接近は旧ソ連圏での民主主義圏の拡大でもある。

4.プーチン戦争はロシア周辺国のインフラのEUとの結合を促進する

 プーチンの侵略戦争はウクライナなどロシア周辺国のインフラをEUと静かに結合させつつある。ウクライナでは使用武器は戦闘機も含め,ロシア製からNATO製に置き換えられつつあるが,それに止まらず,インフラの共通化も進んでいる。

 ウクライナ産穀物を輸出するため黒海での貨物船の航行には制約があり,穀物の約6割が陸路を通じて輸出され,過剰産品で東欧諸国による禁輸措置まで出ている。他方,ウクライナの鉄道のゲージ(軌間)幅の問題で,国境での台車交換の要があり,輸送力が制限されている。欧州規格が実現すれば輸送力の向上をとなりうる(注5)。ウクライナと530キロにわる国境をもつポーランドでも鉄道網の連結が進めば,物流ハブとしての機能が高まる。激しい戦闘の陰でEUはロシア周辺国とのインフラ結合に取り組んでいる。

5.砲弾支援に踏み込むEUの共通安保防衛政策(CSDP)政策の実践

 ウクライナ戦争はEUが単なる経済共同体に止まらず,防衛共同体としての実質を強化しつつある。元来クーデンホーフ・カレルギーに見られる欧州統合構想には,ロシア(旧ソ連)の脅威への共同防衛の必要がその核心にあった。

 ウクライナからの砲弾支援要請を受けて,途上国の武器支援のため2021年創設した加盟国の拠出による「欧州平和ファシリティー(EPF)」を120億ユーロまで増額した(注6)。さらにEUは防衛関連企業に対し,EU予算から5億ユーロ(約750億円)を拠出し,EU内に12社ある155mm砲弾製造の域内業界の生産能力を拡大し,もってウクライナに砲弾を供与することを決めた。(注7)

 ウクライナの3月時点で,155mm榴弾は月平均で11万発といわれるが,ブルトン欧州委員(域内市場)は欧州の砲弾生産能力について「12カ月以内に年間100万発まで引き上げうる」と語っている。EU予算が砲弾供与に,間接的とはいえ,交戦国に投入されることなど,以前は考えられないことであった。

 小稿の結論として,プーチン戦争を契機に,EUは防衛共同体の機能も徐々に実体化し,EU基準に沿って静かに「連携」から「結合」へとロシア周辺国との関係を深めつつあるということができる。

[注]
  • (1)EU,対ロシア制裁第11弾を採択,域外国経由の制裁迂回防止を強化 ジェトロ 2023年6月28日。
  • (2)ウクライナのNATO加盟支持 仏が方針転換― 時事2023年6月21日。
  • (3)アルメニアとアゼルバイジャン,14日に首脳会談EU本部で ロイター2023年5月9日。
  • (4)露侵略の歴史的意味を考える…欧州によみがえる民族主義 読売新聞2022年7月10日。
  • (5)EU,ウクライナ穀物輸出支援へ鉄道輸送力強化 欧州委員 2023年6月15日。
  • (6)EU,ウクライナ軍事支援で基金35億ユーロ増額 ロイター2023年6月26日。
  • (7)EU,砲弾増産に750億円=ウクライナ支援加速へ―欧州委案 時事2023年5月3日。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3021.html)

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