世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2193
世界経済評論IMPACT No.2193

ますます拡大路線に乗り出す大国の発展理論:綜合弁証法から弁証法の総合化へ

末永 茂

(エコノミスト  )

2021.06.14

 一人っ子政策から第3子を容認する政策に拡張する中国は,いったいどのような世界像を描いているのだろうか。訝しがる識者も多いと思われるが,モデルとされる政策理論は産業構造高度化論であり,少子高齢化の先頭を走る日本の姿である。我が国の社会保障の担い手問題や労働・雇用者数推移に関する政策論議が大きく影響している。労働力の減少に伴いその対策として,「移民を受け入れるべきだ」との議論も盛んに行われてきたが,ここに来てコロナ・ショックで一気に水を浴びせられた情勢である。国内労働市場の実態は非正規労働が総雇用者数の40%を占めている。正規労働市場から半数近くの人々が排除されているのである。しかも高学歴者や海外留学者に対しては特段の計らいもない。

 また,若年層に限らず全世代的に蔓延している「ひきこもり」は,100~200万人に上るとの内閣府調査もある。労働力不足ならば,このような現象は生じないはずである。非正規労働による生活の不安定や,「ひきこもり」等の非労働化された層を抱えながら,なおかつ,若年層は結婚も出来なくなっている。我が国は戦前の「産めよ,増やせよ」から戦後,4人の核家族化へ見事に転換したが,結果として人口ピラミッドは急速に逆三角形化し,この対応に旧来型社会通念が追い付いていない。「若い時は苦労するものだ」との無責任な言辞が,彼らを相対的貧困に追いやり長期既得権益者を助長し,出口なしの状況を生んでいる。

 そして,余りにも気付くのが遅すぎた感が否めないが,ようやく国会議員レベルで半導体産業を国家戦略上重要な部門と位置付けることになった。宇宙開発・情報開発と連動した安全保障政策は,数か月遅れただけで致命傷ともいわれる領域である。21世紀に入ってから,台湾の半導体産業の集積は驚異的である。台湾企業を包摂出来るか否かは,決定的である。産業投資の優先分野を策定することは,国家戦略そのものである。投資の戦略家を「ストラテジスト」と業界では呼んでいるようだが,元々は軍師や兵法家の意味である。なんとも仰々しいイメージだが,カタカナ用語のご時世だからこれもやむ無しか。さて,経済学の分野で戦略とか戦術といった場合,どの範疇に入るのだろうか。1950−60年代には「開発政策」ではなく「開発戦略」という用語が頻繁に使われていたように記憶している。産業・企業の投資判断が「戦略」なら国家戦略は「戦略的戦略」とでも形容すべきなのだろうか。要するにカテゴリーの規模や階層構造が問題である。ミクロ・マクロ学はこの「戦略的戦略」には馴染みがないのではないか,ということである。

 ここであえて地政学的論点を取り上げるならば,「沖縄の基地反対」「美しい沖縄を返してください」というスローガンがある。米軍が我が国から撤退したら,美しい沖縄を取り戻せるのだろうか。おそらく答えはノーだろう。我が国の命運を左右する諸問題を扱う学問領域は,どのように措定すべきなのだろうか? 美しい言葉やスローガンの陰には,それを支える確実な戦略があって初めて実現できる。既存モデルの適用によって得られる回答のみで,国家政策や戦略など出せるはずもない。分析モデル成立の根幹・根本の所を議論せずに,そんなことは叶わない。教科書的理解のみに甘んじている学徒など,国賊(同時に世界賊)といわなければならない。

 加えて,新興国のキャッチアップ・モデルが教条的モデルになってはならないと思うのである。基本テーゼは人文社会科学的な総括的分析に裏付けられたものでなければならないだろう。キャッチアップ理論はそうした綜合弁証法の中から生まれたものだったが,半世紀以上の時の流れの中で,この理論も戦略的地位から戦術的地位に席を譲らなければならない時期に入っている。また,資本の論理を否定する論拠として資本の増殖=単体発展論を措定し,これをもって人類は破局を迎えるというイデオロギーがある。だが,シュンペーターが唱える資本主義の特性としての創造的破壊現象は,そうした単純理論ではない。経済発展論や雁行形態論は産業交替を含む一歴史過程の現象である。

 話は文理融合になるが,最近の進化人類学研究はコミュニケーションの手段である言語機能を重視し,自然科学と人文学との共同研究が盛んである。そして現在,世界では既存の理論体系から出される練習問題の解答や,左右の対立とか,勢力争い,セクト主義的評価を超えた議論が待たれている。従って,新興国は便宜的活用と推察される過去の政策モデルの成功事例学習からも,そろそろ卒業してもらいたいと考える。なぜなら,周辺国に様々な弊害を齎しているからである。

 以上を踏まえた上で,検証しなければならない課題は次の諸点にある。東南アジア諸国は我が国への石油ルートであり,これを変更すれば現状の石油価格は1.5倍からそれ以上に跳ね上がると認識されている。さらに重要なことはこれら諸国が赤道直下に位置しており,この自然的条件を変質する開発は,地球温暖化の加速要因にもなる。しかも,赤道を起点にする大気循環は川下である日本列島に大きく影響する。既存の政策モデルや開発政策では対応できない問題を孕んでいるだけに,気候システム研究と経済政策研究の連携は総合科学そのものである。そこでは理想主義や希望的観測,19−20世紀的科学主義=科学万能主義や政治・社会運動主義を止揚する論理的な議論が待たれる。もちろんそこに真の科学なるものが存在するとすれば,ライプニッツ的単子論に指針が振れるのみではないだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2193.html)

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