世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2187
世界経済評論IMPACT No.2187

先進国への道のりに貿易摩擦は不可避であるのか

柴山千里

(小樽商科大学 教授)

2021.06.07

 中国は,中華人民共和国建国100年となる21世紀半ばまでに経済,軍事,文化などの幅広い分野で米国と並び立つ強国となることを目標に掲げているとされる。その一方で,トランプ政権時代から米中貿易摩擦が顕在化し,バイデン政権になってもおさまる気配はない。

 中国をめぐる貿易摩擦は,この数年の問題ではない。2010年代には,中国の過剰生産能力を背景とした鉄鋼製品などの輸出攻勢が世界中から問題視され,頻繁にアンチダンピング課税の対象とされていた。遡って,1990年代以降から中国は他国に比べてアンチダンピング課税の対象とされる傾向が強い。ふりかえれば,中国は30年近く世界の国々と貿易摩擦を起こし続けているのである。

 貿易摩擦ということであれば,日本が先輩である。日本が欧米と激しい貿易摩擦を起こしたのは1980年代だが,そこから遡ること50年前の1930年代から日本は世界中と貿易摩擦を起こしていた。

 ことの起こりは,1931年12月に高橋是清蔵相が政策転換をし,金輸出禁止などを打ち出したことである。日本は,第一次世界大戦後に金本位制から離脱したが,1920年代から30年代初めまで金本位制の復帰を目標とする緊縮政策が採用され通貨の安定が図られていた。1930年,ようやく金本位制に復帰したが,大恐慌のさなかであったことから厳しい景気後退に見舞われた。このため,高橋蔵相により政策転換が行われ,変動相場制に移行したのだが,為替相場は1年で60%下落し,相対的に日本製品の価格競争力が上がったことから,繊維製品を中心に日本の輸出が急拡大した。

 これに対して,欧米諸国やインド,南アフリカなどから日本製品に対する関税引き上げ,輸入制限の措置がとられるとともに,日本が為替ダンピングやソーシャル・ダンピングを行っているとしてイギリス,オランダ,インドなどから非難された。それに対して,高橋亀吉や石橋湛山らが反論を展開したほか,1934年4月に当時ILO事務局次長であったモーレットが来日した際には,日本政府が用意した22の工場を視察させるなど日本の実情を伝え,日本にソーシャル・ダンピングはないとの趣旨の好意的な報告書につなげた。

 加えて,1930年代の日本は,攻撃的な通商政策をとっていた。日本では,1934年から1943年まで,他国の保護貿易措置に対する報復措置を許す「貿易調節及ビ通商擁護ニ関スル法律」いわゆる通商擁護法が存在した。これは,他国による保護貿易措置に対して貿易を調節または通商を擁護するために輸入税や輸入禁止措置をとることができるというものである。この法に基づき,1935年のカナダによる為替ダンピング税と,1936年のオーストラリアによる日本製綿布と人絹布に関する輸出阻止の法律に対して報復措置が発動され,どちらにおいても相手国からの譲歩を勝ち取っている。

 この1930年代の日本の輸出攻勢に対する諸外国の警戒心は,第二次世界大戦後にも影響した。第二次世界大戦後,1947年から日本の民間貿易が再開したが,1949年にはアメリカ,カナダ,イギリスから綿製品,織物製品のダンピングで非難された。カナダは,1950年3月に日本製メリヤスシャツにアンチダンピング税を課した。日本は,GATT加盟においても日本製品の競争力を警戒したヨーロッパ諸国から強硬に反対され,一部GATT義務を除外できるとする第35条の適用を日本が受け入れることで1955年にようやく加盟することができた。

 その後も,日本は,欧米諸国と繊維・繊維製品,鉄鋼・鉄鋼製品,機械,電機・電子機器などで貿易摩擦を起こしており,そのたびにアンチダンピング措置を被ったり,輸出自主規制を行うなどしている。

 1980年代に入ると,世界のアンチダンピング措置件数は倍増したが,その中で日本は対象とされた国のダントツ1位となった。1985年には,プラザ合意により円を切り上げたが,それにもかかわらず日米貿易不均衡が是正されず,今度は日本市場の閉鎖性が問題であるとされた。日本は米国から経済構造の改革と市場開放を要求され,やむなく独占禁止法や特許制度の改正や大規模小売店舗法の見直しなどを行うこととなった。

 21世紀に入ると日本が厳しい貿易摩擦の対象とされることはなくなったが,結局20世紀の大半は貿易摩擦に苦しめられることになった。発展途上国として出発した近代日本が,急速に経済発展し世界をリードする先進国の一員にのし上がる過程で,貿易摩擦はついて回り続けたのである。

 おそらく中国は,今後も経済発展を続け,世界の強国になってゆくことだろう。そして,かつて日本が辿った歴史を踏まえるならば,これからも中国は発展の代償として,貿易摩擦の伴走が避けられないと考えられるのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2187.html)

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