世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
バイデン政権の対中方針と行動:経済成長競争と自由・人権擁護
((一財)国際貿易投資研究所 参与)
2021.04.12
バイデン大統領は,3月の記者会見で対中関係の基本的な考え方を平易に3点述べており,以下の様に米国の政治外交はこれに従って動いている。
1.中国は経済発展と軍事力強化で「東昇西降」実現へ
中国は第14次5カ年計画と2035年までの長期計画とともに,2021年の経済計画を決定した。現在の中国は他国と同じく雇用促進が重大課題であり,経済成長のためにインフラ建設や自由化路線を推進し,外資企業を勧誘し,近隣諸国との経済交流を拡大し,さらにはTPP参加を積極的に検討している。
中長期的には2025年末までに高所得国基準達成,2035年に所得倍増達成の計画を決めた。中国は5カ年計画を積み重ねて米国を射程に収めるまでに至ったが,新5カ年計画は「発展はわが国のあらゆる問題を解決する上での基盤・カギとなる」として,更なる経済成長を決めた。新計画の中核は科学技術イノベーションと内需主導経済である。人民解放軍は建軍100周年の2027年には世界一流に達する計画だ。習主席は「東昇西降」(中国の上昇,米国の衰退)と激励している。
2.アメリカは中国が追い抜くのを許さない
バイデン政権は発足後間もないが,中国に対する方針は明確である。大統領は,3月の記者会見で基本的な考え方を明かにしたが,その第1点は,「中国は世界最強国になる目標を持っている。習主席は専制主義が将来の潮流で,民主主義は複雑な世界で機能しないと考えている」が,自分の監視下ではそうはさせない。そのために雇用を増やし,研究開発投資を増やし,同盟国との関係を再構築する,ということにある。
2兆ドルの「米国雇用計画」の背景に大統領の思いがある。計画が実現すれば,米国の対中優位維持に役立つはずだ。米議会の予算可決を世界が願っている。
3.台湾と南・東シナ海が米中緊張の中心
大統領は第2点として,中国に対して南シナ海や東シナ海,台湾その他すべての点でルールに従うことを求める,と述べた。台湾については緊張が深刻だとして,インド太平洋軍司令官が「台湾への脅威は今後,6年以内に明白になるだろう」と議会で証言したが,これが政権の覚悟だろう。
日本も,尖閣諸島を含むアジア太平洋ついて外交努力を重ねている。日豪首脳会談に次いで,今年に入って日仏防衛相会談,英米インドネシアとの外務・防衛大臣会合を重ね,ドイツとも予定している。英仏独の軍艦が日本近海を米軍とともに遊弋するのは,第2時大戦後初めての事態である。
3月の日米豪印首脳会議(クアッド)に対して,中国は「インド太平洋版新NATO構築」と反発したが,NATO同様の抑止力が働いて平和が保たれれば中国も含め世界の利益である。
4.自由と人権の侵害には沈黙できない
大統領は「衝突を求めてはいないが,国のリーダーはその国の価値観を代表しなければ立場を維持できない。アメリカ人は自由,人権を大切にする」,「習主席と中国が人権を侵害し続ける限り,容赦ない方法で世界の注意を喚起し,何が起こっているのかを明確にし続ける」,と習主席に条理を尽くして宣言したが,これが第3の方針となっている。
アンカレジの米中国外交トップ会談では中国の行為に非難応酬があり,その後に意見交換を続けたのはこの方針に沿ったからであろう。しかし非難応酬の報道は,世界を突き動かす力の一部になったようだ。
5.日本とASEANの留意点
中国を巡り緊張が高まっているが,欧米の激しい報道については慎重に見極める必要がある。
(1)欧米とASEANの関心を収斂させる
ASEANなどが切実に願うことは,中国が軍事力を背景に南・東シナ海で一方的な現状変更を試みないことである。しかしアンカレジ会談後の国務省発表の米中根本的対立の項目に「南・東シナ海」は見当たらない。最も切実な願いが,米外交責任者に認識されていないのであれば悲劇である。
欧州諸国は政治経済の中心は大西洋からインド太平洋にシフトしていると認識して,この地域に関与しようとしている。欧州の関与の希望も活用して,欧米の世論がこの地域の現実の問題に焦点を合わすように工夫する途がないだろうか。
(2)対立感情の暴発を防ぐ
新疆ウイグル問題について近隣回教国からの抗議は見当たらない一方で,欧米では香港,チベット報道などと相まって「ジェノサイド」として反中国感情が高まり,欧米のアジア人暴行報道も増えた。
中国人叩きが増えれば,中国大衆の感情は激化する。外国著名ブランド叩きが始まった。中国外交官が「義和団」,「上から目線」など感情的な言葉を使い始めたが,その背景が気になる。
欧米では北京五輪ボイコット論も見えるが,昭和世代の日本人には開催に向けての中国大衆の熱い思いが想像できる。感情暴発が危機を管理不能にした例が多かったことを回顧すると,激しい報道には特に注意深く接する必要がある。
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清川佑二
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