世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
国境と国境線,そして民主主義と民主主義
(エコノミスト )
2021.03.29
「海警法」制定前後から,にわかに海洋秩序に関わるZOOMシンポが,連日のように開催されるようになった。ダムの亀裂を見逃してはいずれ決壊するから,我が国にとっては重大事である。ところで,国境線とは如何なるものであろうか。
数学で定義する「線」は「長さ」のみを持つ概念で面積を伴わないものである。従って,鉛筆で書いた線は「面」を描いているから,1本の線ではない。鉛筆をいくら細く削ったところで,描くことができない。では,「線」を描くことができないのか,といえばそうではなく意外と簡単に作図することができる。異なった色同士が接したところが,「長さ」のみを表現できる。さて,実際の国境はどうであろうか? 板門店の38度線にマイクのコードが設置されているが,これに南北双方は触れてはならないという。実際の国境線は面積を持っているようである。もちろんヨーロッパ諸国は国境の目印として杭だけ打たれていて,双方が立ち入っても御咎めなしは珍しくない。
さて,尖閣列島はどうだろうか。GPSの性能が格段に向上したとはいえ,陸地の国境ではなく海上の200海里やEEZ問題はなかなか手強い概念である。今や一触即発もあり得る事態までになっている。隣接する国家の領域を何処までも主張すれば,最後には紛争に発展する他はない。そこで人間の知恵であるが,国際法論争や歴史文書に基づく応酬などによって,事態を解決することである。しかし世界政府が存在しない以上,これも最終的な解決には程遠い。これを承知で中国は「海洋・海底資源共同開発」を提案してきている。中国資金の提供はさておき,技術提供を日本に持ち掛けたいようだ。かつて鄧小平の対外開放政策のスタートに,宝山製鉄所プロジェクトの経済協力があった。大規模かつ中国現代化の象徴として,偉大なる協力を我が国は担った。当時の中国の経済水準や過去の歴史的な関りから立案されたプロジェクトであり,何よりも中国自身が自国を「第3世界」なる途上国と規定することによって,関係者の理解を深めたのも事実である。この国際協力の精神は今なお両国に残存している。
最近年になっても,中国からの留学生は研究論文に日中経済協力をメインテーマにする例が多いようだ。しかも,そのキーワードが「日本の積極的な中国への貢献を促す」というものである。このような話を聞くたびに,なんと時代錯誤な論文テーマかと感じる。2027−28年にはGDP世界第1位にならんとする国が何たることか。しかも,国内大気汚染や尋常ではない黄砂の公害を,周辺国にまで撒き散らしておきながら,「協力しろ」とは国際観念がなさ過ぎるのではないだろうか。渋沢栄一ではないが経済発展には『論語と算盤』のような,何らかの道徳哲学が基礎になければならない。余りにプラグマティズム,粗雑な哲学では世界に君臨させる訳にはいかない。
アラスカでの「米中外交トップ会談」で,中国側は「中国には中国の民主主義がある」と主張している。正にその通りである。社会主義や毛沢東思想の根本は「平和,発展,公平,正義,自由と民主主義」である。スターリン主義でさえ同じであり,マルクス主義の基本概念である「プロレタリア独裁」であっても,それは純粋で研ぎ澄まされた「民主主義」である。でもそれは違う。旧ソ連が指導するコミンテルンのドグマに過ぎない。「理念と現実」の錯綜した議論と国際社会の混迷が,議論を取り違えるのである。我が国のような「理想と理念」のみに蹂躙された知識人では,美しい外交・国際政治学しか議論できない。人文学が軽んじられるようになってから,大分時間も経過してきたが,幸い学界には「中国史」や「中国哲学」等の研究者は,一部まだ生き残っている。また,いわゆる「ゆとり教育」はようやく終息し,来年度から初等中等教育のカリキュラムはかなりの分量になる。各国連携の実際的外交の他に,広範な知的集積を援用した外交戦略は重要な意味を持っている。EUの世界史編纂は各国の協力によって実現しているが,30年以上も前から試みられてきたアジアにおける共通歴史教科書の編纂は未だ実現できていない。そこにはアジア主要国の余りに政治主義的な主張に,我が国の研究者が耐えきれない側面もあるからだ。この分野においても,我が国が主導するゴツイ「真の世界史編纂」を期待したい。
さて,冒頭の問題に回帰したいが,国境の現実は数学的概念の「面積を持たない」ものではなかった。最小にしてもコード幅の面積を有している。であるならば,いっその事かなりの幅と距離を持たせて,隣接する諸国はこの地域に立ち入り不能にするのが賢明である。「入会地」の逆の概念で,人間が立ち入らない「国際的な環境保全地域」を設定してはどうか。特に領土問題として,これまで何度も交渉してきた領土・領海から手始めに設定し,地球全体の開発を一定程度の秩序をもって制限するべきであろう。紛争予備地域(?)はその最有力候補といえる。
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末永 茂
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