世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2038
世界経済評論IMPACT No.2038

ライバル考:リンカーンと3人の好敵手

安部憲明

(外務省経済局国際貿易 課長)

2021.02.01

 米歴史家グッドウィン女史は,名著『Team of Rivals』で1860年の米大統領選挙で共和党指名を争ったリンカーンを含む4人の候補者を鮮やかな好対照で描いている。

 この4名,地方出身の男性で法曹という共通点を除けば,その性格,外見,経歴及び政治手法の「キャラ」の立ち様において異相をなす。党内融和と国家統合という「理想」のために強烈な個性の異分子を抱え込んだものの,この顔ぶれを見ると,リンカーンが閣内一致に日々腐心していた「現実」は想像に難くない。

 ウィリアム・スワード(William Seward)ニューヨーク州選出連邦上院議員。地元愛に溢れ,有権者の冠婚葬祭に敏く,批判にも静かに耳を傾ける生来の政治家で,州知事等の要職を総なめしたホイッグ党全国区の大物である。見かけも,リンカーンの長躯で黒髪,落ち窪んだ眼窩と「毎日の苦役から家路につくような」重い足取りの容姿とは対照的に,低身で藁褐色の頭髪,小走りに動き常に活発で,パンタロンとネッカチーフが目印の洒脱な風貌。「合衆国憲法は,奴隷制を前提として書かれている」との南部の主張を,「憲法に上位する法理」の概念を掲げ論破を試みた。しかし,複雑な思想を一片の標語や文章に圧縮する「コピーライター」としての機智は,逆に,急進的なレトリックの刃となり,穏健派の票を逃がす致命傷となって返ってきた。参謀・後見役に,選挙戦術や賞罰に長けた政界の重鎮サロー・ウィードを据え,盤石の態勢で臨んだ。良妻賢母のフランシス夫人は,政治闘争で七転八倒する夫を舞台裏で支えた。スワードは,最重鎮格の国務長官として入閣する。

 サーモン・チェイス(Salmon Chase)オハイオ州知事。時間厳守の禁欲家で,原理原則を重んじる勉強家。共和党の理論的支柱として,奴隷制反対の教義の確立に貢献した。また,応援の手紙にせっせと返信する几帳面さもあった。しかし,唯我独尊の自信家にありがちな落とし穴だと思われるが,選挙動員を軽視し,地元オハイオ州の分裂投票を許した。外見を気にするあまり,近視でも眼鏡を外し,すれ違う知人をも無視して歩いたとの挿話には,この人物を理解させる妙な説得力がある。チェイスは,不幸にも3人の夫人に次々先立たれた。娘ケイトは,教育熱心な父の期待に応え,また,父が孤独に駆られ「次のチェイス夫人を求めぬよう」,事実上の夫人代理として大統領への政治的野望を共に燃やすようになる。野心の火は財務長官の間も燃え続け,閣内に居ながら党内急進派と組み,1864年の大統領選出馬を画策するが失敗に終わる。チェイスの「逆ギレ」めいた辞表が4度目にリンカーンに受け入れられるまでの人間模様は,本書後半の見せ場のひとつでもある。

 エドワード・ベイツ(Edward Bates)ミズーリ州選出連邦下院議員。州裁判所判事も務め,州憲法の起草や第11代大統領ポークの河港整備歳出修正に反対する演説で全国区に。しかし,本来政治的野心は低く,大家族に囲まれた平穏な四季折々の生活を神の恩寵と慈しむマイホーム・パパ。ベイツと同様にクエーカー風の質素な古着で過ごしたとされるジュリア夫人は,巧まずして夫を政治から遠ざけていたが,チェイスは,第7代ジャクソン大統領の最側近だった名門ブレア一家(ホワイトハウス横にある賓客用宿舎ブレア・ハウスの名はここに由来する)の熱烈な後援により出馬を決意。奴隷制の拡大阻止・廃止に急進的なスワード,教条主義的なチェイスと一線を画し,中道穏健派を代表した。リンカーンの下で司法長官を務めた。

 果たして,1860年5月に新興都市シカゴで開かれた共和党大会で4人のライバルは相見えた。リンカーンは,第一回投票でスワードの173.5票に対し102票と水をあけられたが(チェイス49票,ベイツ48票),第二回でスワード184票に対し181票と,残り2候補の脱落票を集め肉迫し,その余勢を駆って決選投票で逆転勝ちを収めることになる。同時代人や後世の歴史家は,この結末を奇跡と呼んだが,グッドウィン女史は「運も実力のうち」と唸らせるだけの周到な勝ち戦だったと分析する。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2038.html)

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