世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
分断から統合へ:米歴史家の眼
(外務省経済局国際貿易 課長)
2021.01.11
バイデン次期大統領は,組閣人事の只中にある自らの政権を「試練と経験を積んだ者たちのチーム(team of the tested and experienced)」と呼んだ。なるほど,4年前に交替した民主党政権の要路を占めた顔ぶれの再登場をして「第三期オバマ政権」と称する見方も頷ける。
そのオバマ政権は,バイデン副大統領やクリントン国務長官(肩書はいずれも当時)という党内の好敵手を閣内に取り込む手法から,発足時に「ライバルを集めたチーム(team of rivals)」と呼ばれたが,これは米歴史家ドリス・カーンズ・グッドウィン(Doris Kearns Goodwin)女史の不朽の名著の表題である。900頁を超える労作は,「リンカーンの政治的才覚」との副題が示すとおり,分断の危殆に瀕した連邦国家を維持・修復した第16代アメリカ合衆国大統領リンカーンの政治的手腕を描き出す無類の評伝だ。
現在,米国社会の分断は,南北戦争前以降で最も深刻とされる。史上稀に見る大接戦は,結果票数に表れた政治的信条の伯仲ぶりだけでなく,選挙戦期間中に両陣営の主義主張が先鋭化し,対立が深まる事態を露呈した。『Teams of Rivals』は,2005年秋に発刊され,2008年のオバマ政権始動時に洛陽の紙価を高めたが,建国以来の憲法秩序と連邦国家の危機に直面した指導者像を丹念に検証する本書の今日的意義を改めて見直すことは無益ではあるまい。
本書を久しぶりに書棚から手に取ったのは,次のような問題意識による。過去,米国の政治指導者の個人的力量や手腕が,どのように国内の対立を緩和し,衝突を癒してきたのだろうか。現在の米国は,自由や民主主義,法の支配等の理念に支えられた憲法秩序・制度の中で,分断から統合への自律的な道をどのように模索できるのだろうか。凄惨を極めた分断の時代の国事の舵取りを担ったリンカーンの政治的資質と手法は,「結束」を掲げる新政権が始動する現在の米国にいかなる示唆を与えるだろうか。
歴史家の著者が認めるとおり,史上最も偉大とされる大統領の評伝は,確かに尻込みする主題であっただろう。伝記は世に溢れ,丸太小屋の幼少期から内戦の最高司令官,悲劇的な暗殺までの波乱に満ちた生涯は,没後早々から語り尽くされた感がある。しかし,著者は,本書で新たな方法で「おなじみの煙突型の帽子を脱いで,暖炉の火に当たり長躯を投げ出して談議に興じる姿」の描写を試みた,とする。それは,リンカーン本人よりもむしろ,政治的ライバルたちの対照的な性格,政治手法や経歴という「反射鏡」に主人公を映し出すことで,その輪郭と関係性を際立たせる接近法だ。グッドウィン女史は,大統領選挙で共和党指名を争った3名の候補者やその家族らの日記で肉声として吐露される人物観や,リンカーンと彼らとの往復書簡に投影されるお互いの距離感を,歴史解釈の素材に加えた。
1860年の共和党選で,下馬評の低いリンカーンに苦杯を喫した候補,すなわちウィリアム・スワード(ニューヨーク州連邦上院議員),サーモン・チェイス(オハイオ州知事),エドワード・ベイツ(ミズーリ州連邦下院議員)の3名は,それぞれ,国務長官,財務長官及び司法長官として「ライバル内閣」の一角を占めることとなる。全員が当初,見識や実績,知名度ともに格下のリンカーンの未熟さや無知を軽蔑していたが,入閣後は,ある者は「最後には出し抜かれた」と舌を巻き,ある者は「完璧な男」だと人格と力量ともに脱帽し,ある者は大統領暗殺後の数日を茫然自失で悲涙に暮れて徒過するなど,互いに深い敬意と友情でつながれることとなる。
昨日の敵は今日の友―。リンカーンは,国家の統合・国民の結束という大事業を,先ず隗より始めよと,党内で退けた好敵手のみならず野党・民主党政治家をも身内に抱えることから着手した。もちろん,これは危険な賭けでもあった。
[参考文献]
- 『Team of Rivals: Political Genius of Abraham Lincoln』Doris Kearns Goodwin著(Simon & Schuster社)2005年10月
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