世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
電力業界のゲームチェンジャーたち:原子力から自由であることの重要性
(国際大学大学院国際経営学研究科 教授)
2021.01.11
2020年の夏以降,日本のエネルギー政策をめぐって,大きな動きがあいついだ。
まず同年7月,梶山弘志経済産業大臣が記者会見を行い,非効率石炭火力のフェードアウトとノンファーム型送電接続の全国展開を発表した。ノンファーム型送電接続は,既存の原子力発電や大型火力発電に与えられてきた優先接続権に見直しを迫り,再生可能エネルギー電源からのアクセスを大幅に拡大する意味合いをもつ。これまでの経済産業省であれば,石炭火力の縮小の代替手段として原子力の増強を声高に主張したはずだが,梶山経産相の発表は,石炭火力縮小の受け皿として再生可能エネ発電拡大を打ち出したものであり,刮目すべき変化を内包していた。
続いて2020年10月に菅義偉総理大臣が就任後最初の所信表明演説で,2050年に国内の温室効果ガスの排出量を「実質ゼロ」にする方針を打ち出した。この「カーボンニュートラル宣言」は,国内外で,サプライズとともに共感を呼んだ。そして2ヵ月後の同年12月,日本政府は,あくまで議論を深めていくための「参考値」としながらも,2050年の電源ミックスについて,「再生可能エネルギー5~6割,水素・アンモニア火力1割,その他のカーボンフリー火力および原子力3~4割」とする目安を示した。このうちの水素・アンモニア火力は,カーボンフリー火力の一種だとみなすことができる。
前者の梶山経産相の記者会見について言えば,ノンファーム型接続のモデルを開拓したのは,千葉県でそれを実行した東京電力グループの送配電会社の東京電力パワーグリッド(東電PG)である。東電PGにとっては,唯一無二に近い資産である送電線の稼働率を上げない限り,収益を増やすことはできない。したがって,2020年4月の発送電分離を受けて経営の自立性を高めた東電PGは,いつ再稼働するのか見通しの立たない東電・柏崎刈羽原発用に空き容量を確保しておく方針はとらず,積極的に再生エネ電源等の送電線へのノンファーム型接続を受け入れた。この方式が今,全国に横展開されようとしているのである。
後者の菅首相の所信表明演説について言えば,その直前にJERA(東京電力と中部電力との折半出資会社)が,2050年までに二酸化炭素排出量実質ゼロ化をめざす方針を明らかにしたことに注目すべきである。日本最大の火力発電会社であるJERAがカーボンニュートラル方針を表明したため,所信表明演説のリアリティがある程度担保されることになった。JERAの方針は,アンモニアを活用することによって火力発電のゼロ・エミッション化をめざすという新機軸を打ち出したものであった。「カーボンフリー火力」という概念はそれ以前から存在していたが,火力発電最大手がその追求を公式に表明したことによって,社会的実装への期待が一挙に高まったと言える。
つまり,東京電力パワーグリッドとJERAは,エネルギーに関する国策を大きく変え,カーボンニュートラル実現への突破口を開いたわけである。したがって,両社に関しては,電力業界において久々に登場した良い意味での「ゲームチェンジャー」だと評価することができる。
ここで注目したいのは,両社が,原子力との関係を発送電分離で最近希薄化させた(東電PG)か,あるいはもともと有しない(JERA)電力会社である点だ。発送電分離後の日本の電力業界には,「原子力依存型」「火力依存型」「ネットワーク重視型」という三つのビジネスモデルが登場しつつある(本欄で2020年5月11日に発信した拙稿「近未来にありうる三つのビジネスモデル:発送電分離の先にあるもの」『世界経済評論IMPACT』No.1741,参照)。このうち「火力依存型」モデルを体現するのがJERA,「ネットワーク重視型」モデルを体現するのが東電PGである。
とは言え,目下のところ電力業界では,旧態依然とした「原子力依存型」モデルが支配的である。大半の旧一般電気事業者は,原子力発電所の再稼働を最重点課題としている。原発再稼働は,収益効果が大きいだけでなく,電気料金引下げを通じて電力市場での競争優位確保を可能にするからである。原発再稼働をはたした関西電力・九州電力・四国電力が「電力業界の勝ち組」とみなされているゆえんである。
しかし,3.11(東京電力・福島第一原子力発電所事故)以前と同じ「原子力依存型」モデルからは,新機軸は生まれない。福島事故でゼロベースからの改革を迫られてからすでに10年近い歳月が経ったにもかかわらず,いまだに「昔の名前で出ています」式の発想に固執していては,電力業の未来は閉ざされたままである。
そのような閉塞感が漂う状況を突き破るように,今回,東電PGとJERAがゲームチェンジャーとして登場したことの意義は大きい。両社は,「原子力依存型」モデルをとらない電力会社である。そのことは,電力業界において原子力から自由に物事を考えることがいかに大切であるかを教えている。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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