世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「一帯一路」の終わり?
(東北大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2020.12.21
フィナンシャルタイムズが最近「世界からの中国の撤退」というタイトルの特集記事を載せた。「一帯一路」戦略は行き詰まりを迎えているのではないかというのである。大事な話なので,中国情勢に関する筆者の意見を加えつつ紹介し,最後に評価を述べておこう。
「一帯一路」は2013年秋に習近平主席が公表した。「1兆ドルのインフラ投資」を中国が世界に展開する(中軸はユーラシア大陸をつなぐ交通インフラ)一大プロジェクトである。2017年4月北京で開催された一帯一路国際会議には30人ほどの国家首脳と130カ国を越える国の代表が北京に集結した。習主席はそこで一帯一路を「世紀のプロジェクト」と宣言したのである。
「一帯一路」のインフラ投資は中国政府が管轄し,インフラ投資の相手国と2国間協議でプロジェクトへの出資を約束する。融資額と金利が合意されると,主として中国国家開発銀行あるいは中国輸出入銀行が融資を担当し,多くの場合,中国のインフラ投資企業(建設会社や重機メーカーなど)が設計から施工までを担当する。中国で過剰となったインフラ投資財・重機・労働力を海外で稼働させるのである。
したがって,それら国立の2大銀行の「一帯一路」プロジェクトへの融資額が「一帯一路」の規模を示すことになる。2008年から19年までの両銀行の融資額は4620億ドル,同じ期間の世界銀行の融資額4670億ドルに迫る。ところがその額が,2016年ピークの750億ドルから19年40億ドルに激減した(ボストン大学の研究資料による)。アジア,アフリカ,中南米のインフラ投資必要額と利用可能額のギャップが一気に拡大した。両銀行の国外融資額の激減は18年からだが,中国政府はこれまで外に向けていた巨額の貸付を抑制し,資金を内政に転換しているのである。この方針転換には「一帯一路」そのものの問題,中国内政の問題の双方が関わっている。
発展途上国で野心的なインフラ投資が多数敢行され,両銀行はそのための融資を担ったのだが,「一帯一路」の採算はどうだったのか。カンボジア,ケニヤ,ベネズエラ,ベラルーシなど独裁政権の国に巨額の投資がなされている。ベネズエラにはチャベス政権に400億ドル,その後さらに200億ドルの貸付がなされた。石油を担保にとっての貸付だが,ベネズエラの外国からの借金は1500億ドルに上っており,担保が中国に有効に機能しているかどうか不明である。
筆者がフォローしているヨーロッパでの「一帯一路」,つまり「16(17)+1」においても,EUの環境基準や公共投資基準が適用されるEU加盟国へのインフラ投資は,約束額は大きかったが,着工さえなされていないものが多く,「一帯一路」への批判・不満が強まっている。今年,チェコの上院議長の台湾訪問(8~9月),ルーマニアの原発契約破棄(6月)が注目されたが,EU加盟国における「一帯一路」の破綻現象といってよい。中国のインフラ投資はEU非加盟の西バルカン諸国に集中する。最大の投資先はセルビアで,橋梁架設,高速道路など30億ドルの工事が実施され,さらに30億ドル超の要求を提出している。セルビア政府は中国製の地対空ミサイル設備の購入,観光客整理のための中国人警察官の受入などを行った。しかし,ヴチッチ大統領は本年9月アメリカを訪問し,ファーウェイ製5G設備の排除をトランプ政権と約束した。
「一帯一路」プロジェクトの多くについて採算の問題が指摘される。「債務の罠」問題もある。そこに今年は,低開発国のコロナ危機が重なった。パンデミックと世界経済不況に直撃され,低開発国は対外債務の返済に苦しんでいる。19年に続いて「一帯一路」の貸付が縮小されたままなら,来年にかけて返済問題が顕在化してくる。
中国国内に目を移すと,中国政府が本年5月に発表した「双循環(dual circulation)経済モデル」が注目される。従来から重視してきた「国際循環」は継続するが,「国内循環」へ重点をシフトするという。「国際循環」とは輸出のための国内生産,「国内循環」とは国内消費およびそのための生産を指していると考えてよい。従来の投資主導の経済成長が行き詰まるので,消費主導の経済成長に切りかえなければならないという話は,たとえば2007年温家宝首相が打ち出した。だが,現実はその方向へは進まず,インフラ投資依存が続いた。たとえば,新幹線網。日本は2500キロメートルだが,中国では3万キロに迫る。国土の広さも人口も日本とは桁が違うとはいえ,一人当たり国民所得1万ドルの国である。投資採算はとれているのだろうか。
中国では家計,企業,政府いずれの経済主体も債務が膨張していて,07年から19年の間に債務/GDPは倍増した。消費/GDPはほとんど増えていない。賃金引き上げ,福祉制度拡充による貯蓄率の引き下げなどがないとGDPに占める消費のシェアは上がっていかない。それに格差の問題がある。中国では家計所得上位10%の国民所得シェアは40%を越え,上位1%のシェアもアメリカに迫る。すさまじい格差社会になっているのだ。21世紀初めの江沢民時代に資本家の共産党入党が承認された。共産党独裁は富裕層独裁になっているのではないか。富裕層への増税や所得再分配政策によってその格差構造を変えないと消費シェアが目に見えて上がることはないだろう。「双循環」の道は厳しいと予想される。
しかし,比較的に高い経済成長率を維持し,国民の所得を増やすことが共産党支配の正統化に不可欠である。ハイテク部門のめざましい伸びや月探査など「チャイナ・ドリーム」の材料に事欠かないように見えるが,その裏側に深淵が見える。
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