世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
コロナ禍で問われる食糧安保リスク
((一財)国際貿易投資研究所 客員研究員)
2020.11.23
世界の食糧安全保障(以下,食糧安保)体制は,今年大きな試練に直面した。というのは,年初以来,新型コロナウイルス感染症の国際的蔓延やバッタの食害,気候変動による被害(大洪水,旱魃)など,複数の要因が重なって発生したからである。とりわけ,新型コロナの感染拡大に伴って農業生産や農畜産物の流通が滞った結果,グローバルな食糧供給網が局所的に変調をきたし,その脆弱性が露呈する形となった。米国のほか“自国第一主義”に走る国が増加する傾向の下で,これからコロナ禍が更に長期化すれば,その影響は一段と広がる恐れもあり,食糧安保の重要性が改めて問われているといえよう。
まず事の発端は,本年4月にロシアが自国優先の立場から国内消費量の確保を念頭に置き,主要な食糧である穀物(小麦,大麦,トウモロコシなど)の輸出枠を独自に設定したことに始まる。続いてウクライナは小麦やソバの実,ベトナムは米でというように,旧ソ連諸国や東南アジア諸国でもそれぞれ穀物の輸出制限措置が相次いで導入されたのであった。事実,食糧囲い込みのために農産物や食品の輸出を制限したのは,累計で約20ヵ国を数えるに至った。本年10月初め時点でのまとめによると,そのうちウクライナやインド等を含む6ヵ国が依然として同様な措置を継続中と伝えられる。
そうした中で,本年後半に入り同規制がようやく解除されたとはいえ,最も耳目を集めたのが今や世界最大の小麦輸出国となったロシアの動向である。同国では,穀物の輸出拡大こそ農政にとって重要な課題に浮上している。そのため近年の穀物貿易をめぐっては,2019年8月に「2035年までの穀物部門発展戦略」が,2020年1月には「新食糧安全保障ドクトリン」が決定・公表されてきた。こうした流れを受け,上記のような穀物の輸出規制策が実行に移されたのである。2010年に制定された先の旧ドクトリンでは,穀物の国内生産拡大と自給率の向上が喫緊の課題であった。だが,それらの目標が概ね達成されたことを踏まえ,10年後の新ドクトリンでは,特に食糧の品質と安全の確保が強く謳われるようになっており,食糧安保の観点が従前にもまして重要視されるようになったのが特徴で際立ったところである。
一方,今や世界一の食糧輸入大国となっている中国は,既に2013年の段階から従来の食糧安保戦略の大転換へと踏み切っていた。すなわち,主要穀物の位置づけを飼料穀物や油糧種子と明確に区分し,主食以外の食糧は可能な限り国内生産で賄い不足分は輸入に依存するものの,主食用の三大穀物(米,小麦,トウモロコシ)については100%の自給を目指す方針(注:2019年の自給率は97.5%)が打ち出されたのである。つまり,国内の増大する食糧需要に増産と輸入の結合で対応するというもの。実際,中国の穀物需要量は総じて世界の総需要量の2割以上を占め,穀物以外の問題と言われる大豆の需要量に関しては近年激増しており,世界の実に3分の1を占めるまでになっている(2019年は約9,000万トンを買い付け輸入量シェアは6割)。こうして,中国の動向が国際穀物需給(相場)を左右するほどにその影響は非常に大きくなりつつある。ただ,世界でも突出した穀物備蓄量を保有(国内需要量の1年分近くに相当する4億トン超)していることから,同国が食糧危機に陥る可能性は極めて低いとみられる。しかしながら,米中対立が様々な面で深まりより先鋭化する中で,海外からの安定した食糧調達に支障をきたす懸念も想定される。そのため,習近平国家主席が本年8月,「食糧安保には常に危機意識を持たなければならない」と強調し警鐘を鳴らしたほどである。加えて,先ごろ閉幕した第19期五中全会で採択された第14次5カ年計画(2021~25年)においても,同期間中の計12の主要分野にわたる奮闘目標の一つに掲げられた農業・農村の優先的発展の項目で,国家による食糧安保の確保が重要であると改めて言及されている点は注目に値する。
翻って,日本の食糧自給率は長期的に減少傾向で推移しており,他の先進国と比較しても最低水準に止まっている。例えば,直近の2019年度のそれ(カロリーベース)は,38%まで低下している。本年3月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」における目標でも2030年までに同水準を45%まで引き上げると設定されているだけである。今年のコロナ禍による影響で顕著となったグローバルな食糧供給網の脆弱性を鑑みると,総合的な食糧安保の確立に向けてその強靭化への取り組みと食糧自給率の更なる引き上げの必要性が一段と高まったのではないかと考えられる。要は国内の消費で必要な分は出来るだけ国内の生産で供給していくとの基本に立ち返り,その方針を再確認した上で農政の抜本的見直しを図っていくとの前向きな姿勢が何よりも求められていると言える。今やエネルギーと並んで重要な戦略物資の一つでもある食糧をより重視し,緊急時における食糧安保再燃のリスクに備えていくことが肝要かと思われる。
関連記事
小島末夫
-
[No.2666 2022.09.05 ]
-
[No.2460 2022.03.14 ]
-
[No.2285 2021.09.20 ]
最新のコラム
-
New! [No.3602 2024.10.28 ]
-
New! [No.3601 2024.10.28 ]
-
New! [No.3600 2024.10.28 ]
-
New! [No.3599 2024.10.28 ]
-
New! [No.3598 2024.10.28 ]