世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1886
世界経済評論IMPACT No.1886

ベトナムにおける人々の「エートス」とCOVID-19への対応

高橋 塁

(東海大学政治経済学部 准教授)

2020.09.21

75周年のベトナム建国記念日

 9月2日はベトナムの建国記念日であり,今年でホー・チ・ミンが独立宣言を発してから75周年を迎えた。この日ベトナムでGoogle検索を行った人々は,いつものGoogleロゴと異なっていることに気付いたはずである。Doodleと呼ばれるこのロゴは,検索エンジンGoogleの利用時に現れ,検索したその日にかつて何があったのか,Googleロゴのデザインを変えて教えてくれる。9月2日が建国記念日であったベトナムでは,それにあわせたデザインのDoodleを楽しむことができた(注1)。

 このDoodleにはイラストがあり,ハスの花が咲く池の中をアオザイ姿の女性が小舟に座し,その小舟を笠(nón lá)着用の男性が漕ぐ様子が描かれている。ご存知のように笠もアオザイもベトナムの象徴として知られているが,特に彩り鮮やかなのはハスの花である。

ハスの花と独立宣言

 ハスは日本人にも馴染み深い花であるが,ベトナムの人々にとってハスは国花であり,食用等生活に広く利用され精神的な支柱にもなっている。1945年9月2日のホー・チ・ミンによる独立宣言から今日に至るまで,ベトナムは幾多の戦禍・困難に苛まれた歴史をもつ。現在でこそ中進国として発展を続けているが,苦難の歴史の中に身をおいてきたベトナムの人々は,泥中にしっかりと根付き,やがて可憐な桃色の花を早朝に咲かせるハスの姿に自らの姿と心情,そしてベトナムの明るい未来を重ねてきたに違いない。

 他方,独立宣言で触れられた理想もまたベトナムの人々に受け継がれている。ベトナム政府の公式文書冒頭には必ず「独立―自由―幸福」という言葉が記載されているが,この言葉は元々独立宣言でベトナムの人々の重要な権利として主張されたものである。民族,国家としての独立と人々の自由,そして幸福を追求する権利を目標とする宣言が出されたときは,日本のポツダム宣言受諾後もフランスによる再支配が懸念される不安定な時代であった。そうした不安定な時代の中で理想の国を目指すホー・チ・ミンの思いはベトナムの人々へと浸透し,国の未来のために協力して困難を耐え「貧しさを分かち合う社会主義」と「戦争に勝つ」社会的合意(注2)へとつながっていった。泥の中から明るく花を咲かすハスの像と困難を乗り越え明るい国の未来を願ったホー・チ・ミンの思いは今もベトナムの人々の心で結びついているようである。

人々の「エートス」とCOVID-19

 以上のように,建国記念日をきっかけとしてベトナムの人々の国を支える「エートス」とでも呼び得るものにふれたのには別の理由もある。今年は年初よりCOVID-19の感染禍が世界中に広がり,ベトナムもその難にみまわれた。このことがベトナムの人々の「エートス」について考える契機にもなったからである。

 SARS感染禍の経験があるベトナムでは,COVID-19の感染が世界中に拡大する当初から徹底的な感染者の追跡と隔離,国民への正しい知識の啓蒙,水際での防疫対策が行われた。そのため世界からもCOVID-19の感染を抑え込んだ国として評価されている。こうした対策には,感染者の住所や氏名の公表,地域・集合住宅単位での隔離,民間施設(ホテル,学校など)の隔離用としての提供など,民間企業活動の自由や個人のプライバシーが制約されるものもあった。こうした背景から,ベトナム国民からも不満が噴出するかと思われたのだが,実際にはむしろ対策を行ったベトナム政府に対する国民の評価は高い(注3)。この背景には,政府がCOVID-19の感染禍を戦争と同様にとらえ(Chống dịch như chống giặc)(注4),ベトナム国民も一致団結してこの非常事態に対応したことがある。ダナンでは7月末から感染が再拡大したが,早くも収束しつつあり,経済成長の早期回復も予測されている(注5)。COVID-19に対するこうしたベトナム国民の姿勢は,上記ベトナムの人々の「エートス」の顕在化ともとれる。ベトナム人である私の妻もよく話すのだが,戦争を乗り越えて貧しさを分かち合い発展に向けて勤しんだ,かつてのベトナムの人々の姿勢を彷彿とさせる。

 このようにベトナムの経験は,国民が国家と向き合う価値観への視点がウィズコロナ時代の社会を理解する上で不可欠であることを教えてくれるのである。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1886.html)

関連記事

高橋 塁

特設:コロナ関連

国内

アジア・オセアニア

最新のコラム