世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1865
世界経済評論IMPACT No.1865

バズワードに振り回される技術開発

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所特任 教授)

2020.09.07

 WEBの発達に伴ってバズワードが瞬く間に拡散し,このことが公的助成金の審査や企業の研究開発に影響するので困りものである。姑息な研究開発資金獲得の手段として,過去に使用した申請書の其処此処をバズワードで置き換えると,あたかも最先端の研究と見做されて申請が通りやすくなるという都市伝説がある。大学や企業を問わず,研究開発者は予算獲得が大変になっているので,学術論文にも禁じ手を使うことが増えている。これではイノベーションなどますます遠ざかるし,この傾向が続くと評価する側も劣化して科学技術の衰退を招くだろう。なお,バズワードの論考については,日経ビジネス電子版「逆・タイムマシン経営論」を参照いただきたい。

 流行に感化され易い経営者や役所,最近流行りの文理融合を実践する非理系評価者(大抵,マスコミ関係者)が,無闇にバズワードを基準にして革新性と問うので,本来バズワードとは無縁の材料研究開発などは増々辛い状態に置かれる。日本は,デジタル分野でも世界的に大変重要なTRONというアーキテクチャーを無責任論評にも負けずに作り上げたのだが,メディアは稀にしか取り上げない。なお,TRONの論考は「世界経済評論」2021年1/2月号(2020年12月刊行予定)で拙著を見ていただきたい。興味ある方は,技術に偏っているがWEBに多数TRONの解説があるので参考にしていただきたい。

 流行のバズワードのうち大笑いしたのがDXである。DXとはデラックスの意味を経済の何かに転用したのかと思ったら,Digital TransformationでDXとのこと。何のことはない,「IT化推進」といえばよいだけである。ところが,これを全く新しい概念のように扱い,TV解説者を始め株関係者があたかもイノベーション手段であるかのように使い始めた。しかし,明確な理解も定義もせずにテキトーに使いまわしていることがミエミエで,「DXが小中学校のリモート授業の導入を加速する」という解説風ニュースなどZoomを導入するだけの内容が殆どで,積極的なクラウド活用というIT進化の本筋とは縁遠い。キャッチコピーは,視点の転換を図ることで跳躍的発展を人々へ促すとともに浸透を図るという手段だが,DXはチープトリックである。80年代の「通販生活」が21世紀にECに進化するのと一緒にしてはいけない。この場合は,数十年かけて進化した工場の製造ラインと倉庫の自動化技術から発展し,WEBとの組み合わせによって可能となった統合型ロジスティックスである(後付でIoTとバズワードを発した人がいる)。ECはDXのように言葉遊び,目先の撹乱とは全く異なるリアルな技術革新である。

 DX関係の解説は,プログラミングを経験したことがない「おじさん,おばさん」のアタマの中身がみえてツッコミどころ満載である。単純にIT化の遅れを嘆くだけの評論家は無視するとして,役所や公立学校のお粗末さは,プログラミングを全く知らないIT音痴が推進の旗振り役になってしまい,業務フローをそのままデジタルで代用しようとするからである。結果的にPCは書類作成の文房具でしかなく,通信はFAXの方が使い勝手が良いと言う結果に陥る。リモートワークで中間管理職が不要なことが露見したようにIT化を推進すると業務体系そのものが変質するが,現在のDXは本質を捉えるものではないので,結果的に年功序列と前例主義を維持しようとする弊害が顕在化して現場の混乱を招くだけだろう。

 本来何も新しくないDXの本質はクラウド経由の業務処理と物流の自動化の合体と思うのだが,株屋さんの推奨はWEB作成会社が中心である。コロナ禍でECを新規開設・拡充するためにIT技術に不慣れな企業からの注文が増加していることは判る。しかし,既にDIYのWEB作成用ソフトがクラウドで多数登場している。最近のプログラミング言語を少し勉強すれば,専用ソフトを使わなくても自らWEBを作成することも難しくない。過去のビジネスの歴史から,大企業向けサービスと中小零細個人用のDIYソフトの両極端に収斂されていくことは容易に想像がつくので,雨後の筍のような新興WEB作成会社は淘汰される。時価総額の急激な伸びを基準に新興IT企業を囃すなど,かつてのライブドア事件をリプレーで見ているようである。物理学で難問の過去から未来を予測するという手法を「駆使」するコンサルは,貧乏くじを引く犠牲者を募っているのだろう。

 DXはコピーライトの悪い見本だが,SDGs,ESG,Green Recoveryもよく判らない。この3つの違いを明確に区別して説明したものがあったら教えて欲しい。日経新聞は大々的にSDGsを盛り上げているが,リストラをやっている会社の社長や人権問題を抱える中国との経済関係重要性を強調する人がSDGsを謳い上げるなど笑い草である。似たような言葉遊びでバブルの頃に官民挙げて推進されたものに「メセナ」があった。資産家が文化芸術に貢献することだが,実態は絵画骨董を買い漁り有名クラシックコンサートのスポンサーになることであった。薪能がやたらに開催され広報からチケット購入を強く進められた方も多いと思う。SDGs,ESG,GRのいずれも,人と環境に優しくしましょう,人類全体に貢献しましょう,という,極当たり前のことを言っているだけなので広告代理店の営業で終わりそうな気がする。これが間違いというなら,プラスチック・リサクルの優等生であり,長年の努力でGDPあたりの省エネを推進してきた我が国が,欧州の環境団体から「取り組み不足」などと非難される本末転倒状態をどう説明するのか。つまり,いずれの標語も言い出した本人たちが都合の悪い部分を隠そうとしているだけである。

 バズワードは,物事の本質を煙に巻いて大衆が理解できないうちにトレンドを作る手段である。メディアは,バズワードがお金になることと裏腹に技術革新が衰退することを覚悟して発言するならそれもよかろう。科学技術開発へのバズワードの影響は真剣に議論される段階に来ている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1865.html)

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