世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1848
世界経済評論IMPACT No.1848

「ナラティブ」とは何か:共通の作戦図面のチカラ

安部憲明

(外務省経済局 国際貿易課長)

2020.08.17

 英語でよく目にする「ナラティブ(narrative)」は,日本語で「言説」や「話の筋」と訳される。ある事象や課題について,読み手や聞き手の認識に働きかけ,行動を変えるチカラを持つ。単なる「語り(story)」とは区別されるナラティブを因数分解してみると,以下のような4つの特徴が見て取れよう。

 第一に,ナラティブは,異なる立場の間で論争があり,又,同じ立場の中においても時に激しい矛盾を内包するテーマを扱うものだ。地球と太陽の関係に関するナラティブとして,ローマ教皇庁の天動説にはガリレオの地動説が対決した。そして,地動説の中にもいくつかのナラティブが存在しただろう。

 第二は,ナラティブでは,こうしたテーマについて,関心や利害を有する話し手が,それぞれの価値観や立場を主張する。歴史学の泰斗E.H.カーは,この世に客観中立的な歴史など存在せず,事実の選択に始まりその解釈に至るまで,およそ「歴史」とは歴史家の思想信条の造形物であると述べた。

 以上2点は,ナラティブと呼ばれるためには,「何(テーマ)」についての「誰」の語りか,という形式的要件があることを示唆する。この点,「新型コロナ禍下の経済回復に関する「ブラジル大統領のナラティブ」や「奴隷貿易に関する米南部連合のナラティブ」はあっても,特定度の弱い「納税者一般の明日の天気に関するナラティブ」などは成立しにくいということになる。

 第三は,ナラティブの向かう先には必ず,その主張を働きかけ,説得を試みる不特定多数の聴衆がいる。およそナラティブとは,ある目的のために,異なる価値観や利害を抱える対象の同意を求め,説得を試みるべく創作されるものだ。

 最後に,「語り」をナラティブたらしめる要件として,語り手の主張を支える論理(ロジック)の存在は必須である。ナラティブの成否を決めるのは,読み手や聞き手に「なるほど,そうか」と膝を叩かせるだけの説得力だ。そこで,語り手は,客観的な統計データ,証拠や例証を引きながら,物事の因果関係や相関関係を明らかにし,「したがって」や「しかし」という接続詞でナラティブを展開することになる。ナラティブが,主観の押し付けや情緒の垂れ流しではなく,あくまでも共通の言語空間において通じる論理で構築されていなければ,多くの人の認識に訴え,行動を変えるのは難しい。

 こうして見ると,引き締まった起承転結で,時々のテーマを巡る世論形成を試みる新聞の社説はもちろん,詩歌も立派なナラティブたり得ると感じる。例えば,童謡「しゃぼん玉」(野口雨情作詞,中山晋平作曲)で,聞き手は,歌詞の一番で,屋根まで飛んでこわれて消えた現象を認識し,その原因が風であるとの推定から,「吹くな」との対策と「飛ばそう」との結論に一応納得する。ところが,この歌のチカラの源は,しゃぼん玉が「うまれてすぐに,こわれて消えた」として,聞き手に人間社会の暗喩を気づかせ,さかのぼって曲全体に行き渡らせる二番の歌詞にあるように思う。巧まずして,人間社会の真理,思わぬ災難や逆境への共感をも喚起するからこそ,みんなの歌として広く歌い継がれているのだろう。

 いま,「みんなのナラティブ」が必要だ。新型コロナ,地球温暖化,経済社会にはびこる様々な格差などは,政府だけではもはや対応できない。我々は,国境を超え,市民社会の多岐にわたるステーク・ホルダーが目標を共有し,責任を分担し協力せずには,様々な課題が解決できない時代に生きている。このパラダイムの中で,例えば,国連持続可能な開発目標(SDGs)は,国連が編んだひとつの重要な「みんなのナラティブ」だ。市民社会の皆が口ずさむナラティブは,目的やそのための手段を共有し,効果的に協力するための「共通の作戦図面」の役割を果たす。国際機関や政府が音頭を取りつつも,われわれが様々な価値観や幅広い立場から,公益を巡る議論に参画し,強靭なナラティブを磨いていこう。

[参考]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1848.html)

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