世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
新規事業創造とシナジーの壁
(日本大学 教授)
2020.07.13
多角化企業の競争優位性は,多様な事業を抱えることによって生み出されるシナジーである。しかし,現実のビジネスでシナジーを創り出すことは簡単なことではない。確かにコア事業の比率が5割以上の場合は,事業間のシナジーを生み出しやすいという調査結果もある。確かに,本業の比率が高ければ,新規事業を起こす場合でも,本業との関わりを意識して新規事業を起こせば,シナジーを得られるだけではなく,組織的に新規事業のスタートも切りやすくなるだろう。
しかし,本業とのシナジーを獲得できたとしても,その新規事業が本業との距離が近ければ,当然,本業の評価軸でその新規事業は判断されることになるので,ある程度の時間で結果を出すことが期待される。そのため,通常,利益を出すためには5年程度の期間を要すると言われている新規事業に対しても,短いタイムスバンで成果を求められるため,新規事業の育成に失敗するケースも多い。トップマネジメント(以下,トップ)のシナジーバイアスと言っても過言ではない。事実,技術的にシナジーがあるからと言って,違う事業分野に進出すれば競争・市場環境が異なるので簡単にシナジーを創りだすことはできない。最終製品を製造しているからといって川下の業界分野に進出し,失敗する企業などはその典型例であろう。
ある新規事業分野の参入に成功して話題になった企業の担当者にインタビュー調査した時に,「成功した一つの要因としては,もちろん技術的シナジーはあったが,トップにこの新規事業がわかる人がいなかったことも大きかった」と話していた。この会社の主要事業と比較した場合,確かにユニークな事業ではあるが,事業の規模的には相当に見劣りするものであった。しかし,主要事業からの距離が遠ければ,トップからの過剰な期待や介入も生み出さないということも事実である。
事業シナジーというのは,多角化企業の強みではあるが諸刃の剣とも言える。とはいえ,当然,新しい分野に進出する場合には,ゼロから競争優位性を創ることは難しいだけに,シナジーを創り出すことは競争優位性を構築する上において重要である。しかし,シナジーは,企業規模が大きくなればなるほど事業間で簡単に創り出すことは難しい。とくに,ここ数年,事業部の機動性が重んじられるようになってから,分社化や持株会社の組織構造に変革する企業もあるが,この組織構造がよけいに事業部間の壁を高くする結果になっている。確かに,事業部に投資の意思決定を委ねれば,事業展開のスピードが高まることは間違いない。しかし,事業展開のスピードは高まるが事業部間でコミュニケーションを高度化できる仕組みを構築しなければ,その副作用として事業部間の壁がより高くなる。
例えば,以前,ある大手企業の新規事業を我々が調査した時に,その会社に中途入社し,新規事業に関わった方が,「自社の本業部門は会社のなかの会社であるという感じでした」,「この会社はドラえもんの4次元ポケットだと思った」などの発言をしたのが印象に残っている。このような発言は,事業部間の壁が高く,また,大企業がいかに自社の持つ新規事業の可能性に気づいていないということの証左でもある。大手商社なども多様な事業分野に進出しているだけに新規事業の宝庫という印象を持つが,必ずしも新規事業を次々と生み出してきているわけではない。
事業部間の壁は,もちろん大企業だけではない。中堅企業の規模でも事業が多角化してくれば,当然,同じような問題が出てくる。先日,我々がインタビュー調査した地方にあるグローバル企業も,6事業になってから事業部間でのつながりがなくなったため,2事業部に戻したということであった。企業規模の大小ではなく,事業の多角化が進めば間違いなく事業部間の壁は高くなる。それでは,新規事業の鍵になるシナジーを創り出すためには,どのような仕組みを構築すれば良いのか。
当然のことではあるが,シナジーを創るためにはまずは組織的な仕組みが必要となろう。事業部に任せてはどうしても部分最適な意思決定になるからである。全体最適な視点からシナジーを創り出すためには,長期存続企業のグンゼのように,医療と繊維部の連携を促す「ナイチンゲールプロジェクト」(アパレル技術のメディカル衣料への拡大)や「エジソンプロジェクト」(各部門の保有技術をミックスし顧客ニーズを解決するビジネスを創造)のような組織的な仕組みを作ることも一つの方策だろう。また,事業部の独立性が高いことで知られている川崎重工は,現在,すべての事業部が関わる水素ビジネスに着手することで事業部間のシナジーを創りだそうとしている。つまり,部分最適から全体最適な視点をベースにした新規事業の創造である。
しかし,組織的仕組みを創ったり,資源としての技術をキーとしてシナジーを創造しても,新規事業をマネジメントできる人材がいなければシナジーは創り出せない。まさに,シナジーを創り出すコアな人材の発掘,育成の必要性である。というのも,我々が調査した新規事業の成功事例などをみても,かならず新規事業の中核には,各事業部の連携を進めるコアとなる人材がいるからである。
今後のグローバル競争に打ち勝つには,いかに事業部間で眠っている資源を発見し,その資源をベースに他の事業部と連携することで新規事業につなげられるコアな人材をいかに発掘,育成するかが重要である。そもそも従来の延長にはない新規事業を創造するには,高い専門性だけではなく,リスクテーキング,イノベーティブ,プロアクティブという企業家精神を旺盛に持つ人材が必要となるからである。その意味で,現在,大手商社などが取り組んでいるグローバルレベルでの新規事業に適した異能人材の発掘システム(三井物産-ムーンクリエーティブラボ,住友商事-社内起業制度「ゼロワン」チャレンジ)などは,今後の日本企業のベンチマークとなる可能性がある。
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