世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国経済再開のためのガイドライン:再開を急かすだけのトランプ大統領
(桜美林大学 名誉教授)
2020.05.25
トランプ大統領は4月16日,3段階による「米国経済再開」のためのガイドラインを発表した。ガイドラインでは,具体的な数値目標などは示さず,規制を撤廃し,再開を決めるのはあくまで州政府であることを強調している。しかし,半年後に迫った大統領選挙で勝利を収めるために,できるたけ早く米国経済を再開させ,景気を回復させる必要があるというのが,トランプ大統領の本心であり,この信念は,新型コロナウイルスの蔓延状況とは無関係であるかのように揺らぎがない。このため,経済活動を規制する州政府の方針に反対して,規制撤廃を迫るグループを支持するような言動さえみえる。
例えば,ウィスコンシン州では知事が5月26日まで延長する予定だった全州一律の外出禁止令(stay-at-home order)を州最高裁に却下させたり,ミシガン州では大雨が降るなかで知事派と武器を持った数百人の反知事派が争ったり,ペンシルバニア州では知事の不要不急ビジネスの閉鎖命令に抗議運動が起こったりしている。これら3州は,2016年選挙ではいずれもトランプ候補が勝利を収めた州だが,現在の州知事はすべて民主党である。また,連邦レベルでは,バー司法長官は4月27日,全米の検事宛に出した書簡で,州政府のコロナ感染防止対策が州民の公民権を侵害することのないよう監視を強めよと要請した。これは,トランプ大統領の意向を反映したものとみられている。
再開を急ぐトランプ大統領と,コロナウイルスの感染拡大阻止を最も重視する医療専門家との対立も表面化している。ホワイトハウスの新型コロナ対策タスクフォースのメンバーであるアンソニー・ファウチ博士(米国立アレルギー感染症研究所長)は,早期の経済再開は二次的な感染爆発を発生させかねないと,次のように強く警告している(5月12日の上院公聴会)。
コロナの感染者数,死者数が減少してきたのは3月以降各州が進めてきたロックダウン(都市封鎖)並みの厳しい社会的距離政策,感染検査数の拡大,感染原因の追跡と隔離政策の成果である。しかし,検査数はまだ十分ではない。経済再開によって,こうした政策が転換されれば,再び感染爆発を呼び,経済の再生自体が危うくなる可能性が高い。新型コロナに対する治療法もワクチンも,9月の新学期には間に合わない。世界のどこかで感染爆発が起これば,確実に米国にも波及する。
ファウチ博士の考え方は,CDC(米疾病予防管理センター)のレッドフィールド所長も「我々はまだ森から抜け出してはいないのだ」と述べて,支持している。なお,CDCは米国経済再開のためのガイダンスを4月に作成していたが,トランプ大統領は,CDC案は詳細すぎて経済再開を阻害する,宗教施設への侵害となる,などとして使用を却下した。このため,5月15日CDCは学校,作業場,飲食店,大量輸送など6部門毎に感染拡大を防ぐための簡易な手引書(チェックリスト)を作成し,配布している。
なお,トランプ大統領は5月5日,タスクフォースを解散すると突然述べたが,猛反対に会って翌日には発言を撤回した。一方,米国民は経済再開には慎重である。ピューリサーチセンターの世論調査によると,「再開は早すぎる」と回答した者が68%で,「早すぎない」の31%を圧倒している(4月29日~5月5日調査)。別の調査では,コロナ情報で信頼するのは,CDC(68%)であって,トランプ大統領(23%)ではないと答えている。
ロックダウンは4州と首都ワシントンDCだけに縮小
感染拡大に従って,米国の各州政府は外出禁止令を出し始め,その州の数は3月23日時点の8州(オレゴン,カルフォルニア,イリノイ,ルイジアナ,オハイオ,ニューヨーク,ニュージャージー,コネチカット)から,4月7日には42州と首都ワシントンDCに拡大した。つまり,50州のうち8州はは外出禁止令を出さなかったわけだが,これらはいずれも中西部の南北ダコタ,ネブラスカ,ワイオミング,ユタ,アイオワ,オクラホマおよびアーカンソーの各州である。
しかし,4月16日のガイドライン発表を境目に,外出禁止令を撤廃し,経済再開へ舵を切った州が徐々に増えている。4月中に再開を決定したのは8州,5月に再開したのはこれまでで18州となった。ただし,経済活動の再開といっても,当初から全産業部門が一斉に活動を開始するのではなく,規制が解かれるのは一部の業種に限られ,再開は段階的に進められている。しかし,これら州には,感染者および死者数の多いマサチューセッツ州(人口10万人当たりの感染者1246人,死者86人),コネチカット州(同1047人,97人),ルイジアナ州(同740人,56人)などもあり,感染者,死者が今後も順調に低下していくのか否かが注目される。
一方,外出禁止令が5月末ないし6月初めまで継続されるロックダウン州は,ミシガン,イリノイ,ニュージャージー,デラウエアの4州と首都ワシントンDCのみとなった。これら4州の知事,およびワシントンDCの市長はいずれも民主党である。また,全米最多の感染者・死者数を記録しているニューヨーク州(同1780人,146人),全米で最初に外出禁止令を出したカルフォルニア州(同199人,9人)が,ロックダウンの成果によって,ともに地域別,業種別,かつ段階的に経済再開を進める方針に転換した(両州の知事は民主党)。なお,全米で最悪のニューヨーク市および同市郊外の規制撤廃は最後の最後になると,クオモ知事は述べている。
しかし,各州の経済再開がトランプ大統領の思惑どおりに米国全体の景気回復に繫がる保証は,まったくない。小売業のJCペニー,ニーマンマーカスなどから始まった大型倒産はまだ始まったばかりである。
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