世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
新型コロナ危機の中のASEAN:問われる真のASEAN統合
(国士舘大学政経学部 教授)
2020.04.27
新型コロナウイルス危機に際し,東南アジア諸国連合(ASEAN)各国は国境封鎖など強力な措置を次々と繰り出し,欧米と比べ,感染者数・死者数増加を抑え込んでいる。しかし,隣接する加盟国の中には医療・検査体制が貧弱な国もあり,感染抑制にも限界がある。国の枠組みを越えた域内連携体制構築とその強化が求められる。
経済的インパクトはアジア通貨危機以下
19年12月に中国・武漢を震源地として発生した新型コロナウイルスは国境を越えて拡散,世界保健機関(WHO)は3月11日,「パンデミック」(世界的大流行)を宣言した。国際通貨基金(IMF)は4月中旬に世界経済見通しを発表,「大恐慌以来最悪の景気後退を経験する可能性はきわめて高い」とし,20年の世界経済成長率を▲3%と予測した。米国や欧州など先進国・地域の▲6.1%に対し,新興市場国・発展途上国は▲1%とされた。
ASEAN主要加盟国は3月中旬以降,都市や国境封鎖,移動制限,商業施設の営業停止等,強力な措置を次々と打ち出し,現時点では欧米に比べれば感染は一定程度抑え込まれている。前述のIMFの見通しでは,ASEAN全体の経済成長率は▲1.1%にとどまり,アジア通貨危機時(同▲7.8%)には全く至らない。ただし観光や航空運輸部門への影響は甚大で,経済のサービス化が進んでいる国・地域,具体的には東南アジア最大の観光立国タイで▲6.7%,これにシンガポール(▲3.5%),マレーシア(▲1.7%)が続く。ベトナムは域内で最も影響が軽微とされ,2.7%のプラス成長とされた。
しかし,このシナリオは新型コロナウイルスの感染拡大が2020年後半に収束することが前提とされている。IMFは,全ての国で外出自粛などの封じ込め策が5割長引いた場合,20年の世界経済成長率は更に3%下押しされるとした。
貿易では過去最大のインパクトの可能性
新型コロナ危機は貿易面ではより影響が大きく,そのインパクトはアジア通貨危機,リーマンショック時を上回る可能性がある。世界貿易機関(WTO)によれば(注1),20年の世界貿易(数量ベース)は楽観的シナリオで▲12.9%,悲観的シナリオで▲31.9%に達するとした。アジアの輸出では,前者で▲13.5%,後者で▲36.2%とより大きな落ち込みが想定されている。特に電子機器や自動車製品など,国境を越えた複雑なバリューチェーンを構築している産業で下落幅が大きくなる可能性があるとしており,これらの生産・貿易拠点であるASEANへの影響は過去の危機以上に深刻になる可能性がある。
過去の経済危機と今回のコロナ危機との大きな違いは,1)多くの国々が国境を封鎖,更に航空便の運行も停止されたこと,2)新型コロナ危機は複数年に亘り繰り返し発生する可能性があること,である。
前者について,ASEANは国境障壁の削減を通じて,企業の国境を越えたバリューチェーン構築を支援,経済統合とグローバル化の恩恵を一身に享受してきた。今回の新型コロナ危機で,サプライチェーンが至る所で目詰まりし,同チェーンの再構築・強靭化という重い課題を突き付けられている。
後者について,IMFは当初のシナリオでは21年は5.8%のプラス成長を見込んでいるが,同年に「第2波」の感染拡大が発生した場合,成長を5%下押しするとしている。世界各国はロックアウトや外出禁止など懸命に感染の抑止に取り組んできたが,感染拡大ペースが緩んだことで,欧米諸国の一部では経済活動の再開の動きが出ている。しかし,今回の新型コロナの特徴として,多数の無症状感染者の存在,PCR検査で陰性になった元患者でも,再び陽性反応が出る例が多数報告されていること等から,ワクチンや治療薬がない状況で,空港や国境等水際措置が緩和されれば,流行の第2波,第3波が発生することになろう。
今から1世紀前の1918年から21年にかけて猛威を振るったスペイン風邪による世界全体での死者数は1700~5000万人にものぼると言われる。日本での患者数は2380万人で,当時の日本の人口(5600万人)の約43%を占め,死者数は38万9千人に達した。当時の内務省衛生局の記録「流行性感冒」によれば,スペイン風邪は日本で3度(注2)に亘り流行し,発生から収束迄に3年の期間を要している。
真のASEAN共同体に向けた取り組みを
新型コロナの感染拡大を特定国が抑え込んだとしても,水際措置が緩和されれば,再び流行に晒される可能性がある。後発途上国が集中する陸のASEAN(メコン諸国)では,これまでタイなどの労働力不足を300万人とも言われる周辺国からの合法・非合法の外国人労働者が支えてきた。3月下旬の全国境の閉鎖を前に,一部は検査・医療体制が不十分な母国に帰国した。これら外国人労働者も,タイが正常化すれば再び戻ってくるであろう。
特に不法就労者が感染した場合,病院に行かず,劣悪な生活環境から一気に感染が拡がり,それを起点に第2波や第3波に繋がる可能性がある。経済のグローバル化に伴い,相互依存関係が深化している現在,一国での対応のみでは危機を抑え込めず,地域全体で,またはグローバルに連携して対処する必要がある。
ASEANは今回の危機に際し,加盟国間で連携して取り組めてはいない。ASEANトゥデイ紙(20年4月9日付)は,ASEANは域内で相互依存関係は進化してきたにも関わらず,「(今回のコロナ危機下での)加盟国間の協力は著しく欠如している」,「公衆衛生上の緊急事態に対する作業部会はあるが,実質的な調整はほぼ行われていない」と酷評している。
これまでASEAN共同体は,経済共同体(AEC)が中心且つ施策も先行し,感染症対策を管轄する社会文化共同体(ASCC)の下での域内連携は進展しているとは言い難い。4月14日,新型コロナウイルス感染症に関するASEAN特別首脳会議,更に日中韓を交えたプラス3の首脳会議が開催された。域内協力では,ⅰ)感染状況や対応策に関する情報交換,経験とベストプラクティスの共有,研究開発,臨床治療,ワクチンと抗ウイルス薬の共同研究と開発,医薬品・医療用品,診断ツール等の供給協力と地域備蓄の開発促進,ⅱ)危機的な状況にある加盟国への緊急支援の提供,等が打ち出された。
ASEANは第2波,第3波は必ず来るという前提で,感染症対策のみならず,国境措置も含め連携体制を急ぎ強化する必要がある。今回のコロナ危機は,「グローバル化への警鐘」ではなく,地域間や多国間での「連携強化へのステップ」と捉えた取り組みが必要である。
[注]
- (1)20年4月8日付プレスリリース
- (2)第1回流行期間は1918年8月~19年7月,第2回が19年10月~20年7月,第3回が20年8月~21年7月。
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