世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
インドが新型コロナ対策でSAARC域内協力
(東北文化学園大学 名誉教授)
2020.03.23
新型コロナウィルス感染は今や世界的な大流行期に入り,3月16日にはその感染対策をめぐって先進7か国(G7)による初の緊急テレビ電話首脳会議が米国の呼び掛けで開催された。これに先立ち,途上国間でもインド首相が世界に範を示すと南アジア域内協力のビデオ首脳会議を行った。さらに,18日には,G20の緊急テレビ電話首脳会議が今年の議長国サウジアラビアの呼び掛けで次週にも開催の予定と伝えられた。
人口が世界の5分の1近くを占める南アジアでは,まだ感染者がそれほど多くはない。しかし,海外へ多くの働き手や学生を送り出し海外での感染が心配される中,インドがSAARC(南アジア地域協力連合)首脳に新型コロナウィルス対策の域内協力を呼び掛けた。モディ首相が3月13日ツイッタ―でビデオ首脳会議を提案したところ,15日にはメンバーの6か国首脳から直に,またパキスタンからは大統領補佐官から賛成が得られた。
SAARCは,インド,パキスタン,バングラデシュ,スリランカ,ネパール,ブータン,モリディブの7か国で1985年に結成された長い歴史がある(2007年にはアフガニスタンが加盟し8か国に。本部はネパールの首都カトマンドウ所在)。しかし,2大国の印パ対立や小国間との格差もありASEAN等に比べて地域協力は進展せず,首脳会議は2014年以来開催されていない。域内大国インドの関心は薄く経済的には有名無実化は免れないとみられていたが,新型コロナウィルスの感染拡大に対しては共通の脅威に直面している。地理的に近接しコネクティビリティが高まりつつも国内の医療水準が低い国が多く,インドの呼び掛けに即座に応じる積極的な姿勢を示した。
インド外務省によると,モディ首相は域内協力の緊急ファンドにインドが1,000万ドルを供出すると表明,共通の調査プラットフォームやポータル・サイト作り,オンライン訓練,インドの医療チーム派遣,検査キッドや機材の提供等を提案している。インドで初めて感染者が確認されたのは昨年末で今年1月半ばには空港検査が開始され,かなり早くから水際対策が講じられてきた。このウィルスの発生源といわれる中国の武漢市や湖北省にはインド人が多く,766人がエアー・インディア機で本国に帰還した。感染者数の多いイランやイタリアからもそれぞれ333人,218人,また日本からはクルーズ船の乗員を中心に124人が帰国している(注1)。その際,スリランカ人やバングラデシュ人も一緒に帰国する便宜が図られた。インドでは,マスクや洗浄液,医療器材の生産増のほかワクチン開発も進められ,南アジアでは最も防疫体制が整っており,マスコミをはじめ国民の関心も高い。
インドが近隣諸国へ新型コロナウィルス対策協力を呼び掛けたのには,自国の安全保障政策に関係する背景がある。インドは戦略的自律性(Strategic Autonomy)で米国,中国,ロシアとのバランス外交を展開するとともに,近隣ファースト(Neighborhood First)政策で近隣国との善隣外交を重視している。後者では,中国が近年「一帯一路」政策を展開し,南アジアではインドの宿敵パキスタンにCPEC(中国パキスタン経済回廊)を建設し,北部の内陸国ネパールにはチベットからの鉄道延伸計画が浮上,東北部国境では道路建設をめぐる紛争が起こっている。インド洋圏のスリランカやモリディブでは政権交代期に港湾建設が進み中国の影響力が増大,インドにとっては安全保障が脅かされる展開になっている。そこで,インドはこれら近隣諸国の中国からの債務問題に配慮しつつ,感染症対策協力でも関係強化を図ろうとしている。
モディ首相は一昨年来トランプ大統領の訪印を打診してきたが,ようやく今年2月24日と25日に大統領の訪印が実現した。米印首脳会談では,貿易交渉は先送りになったものの中国の影響力が増すインド洋圏で両国と日本,豪州4か国で協力拡大を図る「自由でオープンなインド太平洋協力(Free and Open Indo-Pacific Cooperation : FOIP)」構想を再確認した。米国との関係を重視する一方で,第2期目のモディ政権はGDP5兆ドル経済で米国,中国に次ぐ世界第3位の大国入りを視野に置き,緊張関係が続く中国とも2018年の武漢市,19年のチェンナイ市で非公式ながら首脳会議の対話を重ねてきた(注2)。
昨年春の第17次総選挙で圧勝し2期目に入ったモディ政権は,内政不手際や経済減速が目立つ中で,力を入れる外交では一定の成果を上げている。米印首脳会談での関係強化やFOIP構想の推進とともに,足元のSAARCでは感染症対策でインドが協力を呼び掛けメンバー国の評価を得た。現地報道に期待されるSAARC再活性化には至らないものの,インドの存在感はここにきて高まっているようだ。
[注]
- (1)India brings back 1,444 nationals from different COVID-19 infected countries March 15th 2020 Times of India.
- (2)弊稿「武漢スピリットとチェンナイ・コネクト」ITIフラッシュNo.436,2019年10月21日。
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