世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1580

口座維持手数料の導入は寝た子を起こすのか

伊鹿倉正司

(東北学院大学 教授)

2019.12.23

 最近,新聞などのメディアにおいて,口座維持手数料の話題を見聞きすることが多くなった。そのきっかけとなったのは,2017年10月に日本銀行が公表した『金融システムレポート』である。同レポートでは,欧米銀行はサービス内容や顧客属性に応じて手数料をきめ細かく設定・変更するなどして,非資金収益を主要な収益源としている一方,わが国の銀行の非資金収益比率は低く,その背景として「わが国では,口座維持・管理にかかるサービスなど,相応にコストのかかる金融サービスを無料で提供している例が少なくない(原文)」と指摘している。およそ四半世紀にわたって非資金収益の獲得に悪戦苦闘してきた銀行にとって,上記の指摘はいわば「錦の御旗」であり,後に触れるように,現在,大手銀行を中心として多くの銀行が口座維持手数料の導入を検討している。

三度目の正直となるのか

 わが国において口座維持手数料の導入が注目を集めたのは,管見では今回が三度目である。一度目は,流動性預金金利の自由化が議論された1990年代初頭である(自由化は1994年10月より)。預金金利の自由化によって銀行間で金利の引き上げ競争が生じ,預金調達コストの増加が避けられないと考えた当時の銀行は,口座維持手数料の導入によって調達コストの増加分を吸収することを検討していた。結果的には少額預金者の利益保護や郵便貯金との調整が難航し,口座維持手数料の導入は見送られた。

 二度目は2000年代初頭であり,その口火を切ったのが東京三菱銀行(現在の三菱UFJ銀行)の新型総合口座(当時の略称は「メインバンク」)である。この口座は,預金残高が10万円未満の預金者から月額315円(消費税込み)の口座維持手数料を徴収する一方で,預金残高10万円以上の預金者には,預金やローン金利,ATMの利用手数料を優遇するというものであった。欧米流の顧客の選別を目的としたこの新型口座は,ピーク時には200万を超える口座数を獲得したとされるが,他の多くの銀行が口座維持手数料の導入を見送る中で,自行の競争力に悪影響を及ぼしかねないとの懸念から,結果的には再び無料化されることとなった。

 そして三度目は2018年以降であり,直近では三菱UFJ銀行が新規口座を対象に,2年間取引のない休眠口座に対して年1,200円の口座維持手数料を導入する予定との報道がなされた。同様の取り組みはすでにりそな銀行が2004年より導入し,一部の信用金庫でも導入されているが,今後,他の大手銀行や地方銀行においても導入が広がる可能性は高い。

 最近になって再び口座維持手数料の導入に向けた動きが活発化している要因としては,銀行の収益力低下が著しい中で,一口座あたり年間2,000~3,000円ほどかかるとされる口座維持費用の銀行負担が困難になっていることが挙げられるが,最大の要因は銀行に預金が集まり過ぎていることに尽きるであろう。日本銀行の預金統計を見ると,1999年のゼロ金利政策の導入を契機に定期性預金が減少する一方,要求払い預金,特に普通預金が急増している。さらに普通預金を残高別に見てみると,残高1億円以上の大口預金はほぼ横ばいであるのに対して,残高300万円以上1,000万円未満といった比較的小口な預金は,最近20年間で3倍以上の増加をみせている。

 銀行への過度な預金流入は,負債サイドの観点から見れば,預金保険料の負担増加や日本銀行のマイナス金利政策に伴う金利負担によって銀行収益を下押しする要因となる。一方,資産サイドの観点から見れば,過度なリスクをとった債券運用や顧客本位とはかけ離れた過剰な貸し出し(カードローンやアパートローンなど),信用リスクに見合わない低金利での貸し出しなどを誘発しかねない。休眠口座に限定した口座維持手数料の導入だけでは,預金流入の抑制効果は非常に限定的であろうが,欧米のように全ての普通預金口座に導入され,銀行が機動的に手数料の上げ下げができるようになれば,過度な預金流入の抑制に大きく寄与するものと考えられる。

寝た子を起こすのか

 しかし一方で,全ての普通預金口座に対する口座維持手数料の導入は,銀行にとって「寝た子を起こす」ことになるかもしれない。それは銀行経営に対する預金者規律である。

 「預金者がいつでも引き出せる」という要求払い預金は,銀行取付けを発生させる脆弱性を有しており,経営陣に銀行取付けが発生するきっかけとなるような過大なリスクテイク行動を抑制させる役割があると考えられている。しかし実際には,情報の非対称性によって預金者が銀行経営の健全性を十分に把握できないことや,預金保険制度の存在,また,「いつでも引き出せる」という性質そのものが,預金者による経営監視の動機づけを低下させるといった問題から,「平時」には預金者による規律づけはあまり働かないというのが多くの実証研究の共通した結論である。

 ただ平時であったとしても,スズメの涙ほども利子が付かない超低金利下においては,口座維持手数料という預金者への実質的なマイナス金利の導入が,わが国の社会に広がる様々な不安・不満と結びつき,銀行経営に対する預金者規律を覚醒させるかもしれない。銀行にとって,これまでおざなりにしてきた預金者とどのように向き合うかが今まさに問われている。

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