世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1535
世界経済評論IMPACT No.1535

キリンはミャンマーから撤退すべきか

鈴木康二

(元立命館アジア太平洋大学 教授)

2019.11.11

 ミャンマーのロヒンギャ迫害問題に関し2019年8月5日,国連人権理事会の特別調査団は,キリンに対しミャンマーでのビール事業から撤退せよとの報告書を出した。キリンの現地パートナーMEHLは軍系企業で,キリンとの合弁企業の配当が軍主導のロヒンギャ人権侵害の資金源となっている。国連加盟国に対し,軍系企業に金融制裁を科し,外資は軍系企業との合弁事業から撤退し,軍系企業との取引停止を求めた。直接の外資側出資者キリン・シンガポールは,キリングループの方針に従うとコメントし,キリン・ホールディングのコメントは無い。

 キリン2019年版CSV(社会との共有価値)レポートの人権記述を見た。国連人権理事会承認の「ビジネスと人権に関する指導原則」に則し2017年制定の「キリングループ人権方針」を事業活動における人権規範の上位方針とした。「キリンの事業活動の土台は人権の尊重であり,適切な行動をとることが求められている。全ビジネスパートナーにも本方針への支持を期待する」「フィリピン,ミャンマー,中国の合弁パートナーに対し本人権方針を説明した」「キリングループは各国の法規制を遵守する。当該国の法規制と国際的な人権規範が異なる場合,より高い基準に従い,相反する場合,国際的に認められた人権を最大限尊重する方法を追求する」とある。

 国連調査団の撤退勧告は国際的な人権規範に非ずとの考えだ。キリン・ホールディングは2019年9月11日付日経朝刊に「百薬の長 SDGsに通ず」との全面広告を出した。国連SDGs17目標はあるが,国連の調査団に人権問題で撤退勧告されているとは無い。少数民族権利保護は16「平和と公正を全ての人に」に該当する。

 筆者は,キリンは国連調査団のミャンマーからの撤退勧告に従う必要はないと考える。

 他方,キリンは同国ビールの8割のシェアを持つ合弁ビール会社2社に51%出資する支配株主で,軍系企業は49%少数株主だ。ロヒンギャ問題はESG(環境・ソサイエティ・ガバナンス)のSイシューでキリンには親会社責任がある。撤退せず配当利益から2社買収に掛かった借入金返済元利相当分とのれん代償却費用の当該年度分を差し引いた資金を,国連を通しロヒンギャ難民救済資金に回すと公表し実施することを,キリンに提案したい。

 キリンが撤退してもビール会社は潰れないから軍の資金源になり続ける。キリンが撤退を提案すれば優先買取権を持つ軍系企業はタイないし中国のビール製造企業の資金でキリン持分を買い取り,その資金供給者に持分を譲渡するだろう。キリン提案に対し軍系企業が反対したら軍系企業の持分の買収を逆提案する。取引は控えよとの国連調査団勧告に従わず,キリンは技術移転対価を受け取るべきだ。対価を受け取らなければ,その分だけ合弁企業の配当利益は増加し,軍を支援できないようにする勧告趣旨に反する。ビールの衛生・量産・質・味の技術向上はミャンマー国民全体の利益だ。

 キリンは日本政府のロヒンギャ対応に沿うと言いたいのかもしれない。2018年11月16日,国連総会の人権問題を扱う第3委員会はミャンマーのロヒンギャ迫害を非難する決議案を142か国の賛成多数で採択した。日本は前年同様ミャンマーに配慮し棄権した。棄権国26か国中,先進国は日本とシンガポールのみだ。その他棄権国は,タイ,インド,スリランカ,ネパール,ブータン,セイシェル,北朝鮮,ベネズエラ,ボリビアそして中国寄りアフリカ諸国だ。シンガポール,セイシェルは軍系企業との合弁会社各1社の投資母国だ。日本はキリンを含め3社が合弁会社を持つと報告書にある。専門商社日本ミャンマー投資と日本たばこだ。日本たばこは合弁相手先は軍系企業でないと否定した。

 決議には10か国が反対した。国内人権問題で国際社会から非難されている国だ。中国,ベトナム,ラオス,カンボジア,ミャンマー,フィリピン,ロシア,ベラルーシ,ブルンジ,ジンバブエだ。中国,ベトナムは軍系企業との合弁会社各1社の投資母国で,香港を含めれば中国は2社だ。

 決議案はイスラム協力機構とEUが共同で提出した。賛成国にはマレーシア,インドネシア,ブルネイのASEAN国もいる。軍系企業との合弁会社6社を持つ4社の投資母国・韓国は賛成に回った。政治と経済は別との方針を採るようだが,日本との関係では徴用工・慰安婦問題で政経一体だから,韓国はイイとこ取りのご都合主義の国らしい。トタン板と棒鋼を作る2社の合弁会社の70%支配株を持つ親会社2社はポスコとその子会社だ。韓国アパレル会社も55%の支配株主だ。政府の外交方針に従うとの言い訳は通用しない。

 金子由芳『ミャンマーの法と開発』(2018年,晃洋書房)は,好著だが理想論を並べ過ぎで現実的な対応策が無さ過ぎる。指導するミャンマー人留学生は無視するか戸惑うだけだ。同年に出た国連調査団報告書ではロヒンギャ迫害行為への国軍関与は明白だとし軍高官らへの捜査と訴追を求め,国際刑事裁判所(ICC)付託を要請した。世界中の注目の下,キリンには行動を起こすことが迫られている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1535.html)

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