世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
適切性と妥当性
(元立命館アジア太平洋大学 教授)
2025.05.19
備蓄米の放出をしても米の値上がりが抑えられない。一年前の二倍になっている消費者米価は,百年前なら米騒動による打ち壊しが起こりかねない水準だ。トランプ関税の発表時,トランプは日本の米に対する関税は法外に高いと言った。「根拠が無い」と武藤農水大臣は反論した。カリフォルニア米の無税での緊急輸入枠を,期間を限って設ければ,トランプ関税対策にもなり,米価の値下がりにも直接寄与するから,一石二鳥の対策だと思うが,石破政権の内からは出て来ない。石破政権のトランプ関税対策は,米を聖域にしたまま日本の例外扱いを米国に頼み込むことらしい。自民党保守派は,カリフォルニア米の緊急無税輸入枠は,食料安保の観点から認められないと主張しているらしい。2025年夏の参院選での一人区は米作地帯が多く,輸入米を認めると農民票を失い,政権崩壊に繋がるとの思惑だろう。日本の将来をあまりに短期的な見方で決めていると思う。不測時の対策として食料安全保障があることを自民党保守派は忘れている。米価が二倍になるのは不測の事態だ。
日本経済の失われた三十年は,日本人の国内消費意欲を奪った。岸田政権の賃上げと値上げの好循環が始まった矢先,賃上げが食品物価の値上りに追い付かない事態が起こった。それが米の値上りで確定的になれば,消費意欲は盛り上がらない。食料安保は適切な政策だが,米の値上りとトランプ関税の対策としては妥当な政策ではない。
日本企業の経営者は,日本経済の失われた三十年間,適切な企業経営をしてきたが,妥当な企業経営ではなかった。デフレ下で利益を出そうとすれば,コストカット経営になる。賃金と研究開発投資から手を付ける。退職した正規労働者の穴を非正規労働者で埋める。株主資本主義に基づくコーポレート・ガバナンス改革は適切だったが,従業員利益と消費者利益も考える利害関係者資本主義を棄てたのは妥当性を欠いていた。コア事業以外の売却は適切だが,利益率の高い業務をコア事業とし,利益率の低い保守サービス,部品製造を外注・下請けに回して,保守サービス,部品の技術革新の機会を失わせたことは妥当性を欠いていた。新規事業を社内ベンチャーで行うのは適切だが,短期で成果が出ないと撤退するのは妥当ではなかった。短期的な利益が見込めない研究開発は止めた。経済成長率の高い新興国への海外直接投資を増やし,その投資利益は当該国で再投資に回し日本に持ち込まない。日本の国内消費を増やして企業利益を得るとの観点からは妥当な経営では無かった。
日本のインフラを運営する公営企業の経営者も,日本経済の失われた三十年間,日本の企業経営者と同じコスト経営をした。こちらは妥当性も適切性も欠いていたのかもしれない。公共料金は賃金低迷で上げ難い。公営企業経営者を指名する地方自治体の首長からは選挙対策から公共料金を上げるなとの圧力がある。支出カットの方針から更新投資が遅れた。1960年代に大量敷設されたインフラ設備の更新が必要なのに,耐用年数を超えてもインフラ設備は大丈夫だとした。建築・構造物の耐震工事・災害対策工事も後回しにされた。上下水道管の破損事故,道路陥没やトンネルの天井落下,地震での橋の落下や擁壁崩壊といった事故が起こるようになった。更新時期を遅らせるのなら,それだけ保守・点検・補修が必要になる。DXによるデータ化,ドローン・ロボット・AIによる設備の劣化度の点検は,人手がかかる目視点検に比し,効率的で人手不足対策にもなるが,新規費用が掛かるとして妥当な予算が振り分けられなかった。更新投資が遅れるのなら,保守の為のIT投資を含めた保守費用を適切に増やさねばならない。石破政権は,押っ取り刀で,2025年4月,インフラ老朽化対策として5年で20兆円を投じる国土強靭化を言い始めた。インフラは事故が起こらないのが当り前だ。保守による予防が何より必要だ。日本の保守化はインフラ保守をさせなかった。
「真実は時の娘であって権威の娘ではない」とフランシス・ベーコンは1620年『ノヴム・オルガヌム』で言った。真実は時間と検証を通じて明らかになる,権威や地位では決まらない。短文でメッセージを伝えるSNS発信を多用するトランプ大統領のMake America great again.(MAGA)策は,検証する時間を与えない。関税は物の貿易に掛けられるのでサービス貿易には掛けられない。トランプは,Make Hollywood great again.を言い出した。ハリウッド映画保護の為,輸入映画に関税に相当する税を掛けるらしい。米国は産業高度化を図ったがゆえに製造業が衰退し,映画を含むサービス産業・ITソフトウェア産業が伸び,世界にそのサービスを輸出している。衰退する映画産業を保護することは,人の好みも価格で操作できるとする傲慢さの表れだ。日本製鉄のUSスチールを子会社にする買収は適切だ。傲慢なトランプ政権への妥当性も考えて,日本製鉄は米国政府に黄金株を与える提案をすればよいと思う。米国の安全保障を脅かす事態発生を理由とする拒否権付株式だ。
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