世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ソーシャルメディア規制と国の繁栄
(元立命館アジア太平洋大学 教授)
2024.11.18
2024年ノーベル経済学賞を得たアセモグルとロビンソンの共著『自由の命運』を読んだ。国々の経済的繁栄に関する比較制度研究が受賞対象で,受賞理由には「国家間の所得格差是正を達成する為の社会制度の重要性を実証した。法の支配が脆弱で,国民を搾取する制度を持つ社会は,より良い成長や変化を生まない」とある。
『自由の命運』は以下を言う。経済的繁栄には強力な国家が必要だ。国家の力が弱すぎると無政府状態に近くなり繁栄はない。国家が強力過ぎると,国民の自由が奪われ独裁国家となり経済的繁栄はない。両者の間の狭い回廊を歩めた国だけが経済的繁栄ができる。社会の自由と経済的繁栄を同時に満たす狭い回廊を歩む為には,民主政治と適切な法律が必要だ。自由と繁栄の場に留まるには,『鏡の国のアリス』の赤い女王の如く走り続けねばならない。
筆者は以下を類推する。社会は個人,国家,企業,市民社会の4セクターからなる。各社会セクターに自由がないと経済的繁栄はない。放恣・貪欲・暴力を振う自由は紛争を招くので二種の社会規範が必要だ。暴力抑制の法律,公的サービス保障の法令,紛争解決する場が外面的社会規範だ。各セクターには夫々内面的社会規範がある。道徳,ガバナンス,企業倫理,信条・クレドだ。個人セクターは内面規範として信仰・信条の自由が必須だ。
同じものの自己生成がシステムだ。心的システム,社会システム,自然環境システムがある。個人は社会システムとの関わりで内面的社会規範を持ち,心的システムを維持する内面規範を持つ。個人の自由は自己主張をする自我を認めるので,個性の発揮による自己実現が人生の意味になる。何が価値ある自己実現かについての情報は文化メディアから得る。
文化メディアは口誦,書物が基本だ。近代の情報源はマスメディアの新聞,TVが主役となった。ポストモダンになりインターネットやSNSのソーシャルメディアも主役に加わった。ソーシャルメディアでは共通のメディアが存在せず価値体系は多様化し,多様な価値体系を共存させる寛容性が叫ばれる。事実・史実の無視,自由や人間の尊厳を排除する,極端な価値体系をも,表現の自由として許容する。極端な価値体系を持つ人々はインターネット上で賛同者を得て,少数者の意見を殊更に拡散する。
IT・AI・SNSへの規制は,企業活動の自由・表現の自由を奪い,技術革新を遅らせるから,経済的繁栄に逆行するとの意見がある。SNSが,違法送金,児童ポルノ,詐欺,闇バイト等犯罪手段となっても,それらを規制しないSNSプラットフォーマーを罰するのは筋違いとする。筆者は間違いだと思う。SNSプラットフォーマーは内面的社会規範を貪欲資本主義により忘れている。それが利用され,SNSが外面的社会規範を破る犯罪者の巣窟になっている。
途上国の政治指導者達には,国民が経済的繁栄から取り残されているのは植民地時代に宗主国が搾取したからだ,との考えが強い。国民はそのような文化メディアに共感する。国民国家独立から半世紀も経つのに,先進国は途上国を助ける義務を負う,自分達の発展の権利を制限する国際的規制は,気候変動防止の為でも認めないとの考えを持つ。2024年11月COP29で,途上国での気候変動対策を支援する年1000億ドルの資金規模の増額と,支援国に先進国のみならず中印も加わるとの議論がなされる背景だ。
援助疲れに陥った先進国の中には,トランプが返り咲いたように,自国第一主義を採る国も生まれた。欧米での移民反対の動きも,非寛容な価値体系に仕えるソーシャルメディアの情報の方が,自分達の暮しに身近だからだ。移民する側も移民に反対する側も,共に自己実現が価値だと思っている。
ナショナリズムとポピュリズムにより,外資系企業より地場資本の方が自分達の味方だとの考えも強い。インドネシアでプラボウォ新大統領が2024年10月に就任するや,インドネシア公用車に国営兵器製造会社の四輪駆動車「マウン」を推奨した。部品等の国内調達率が70%と高いことが理由だ。マウンのエンジンは輸入品だが,日系メーカーのエンジンは現地生産だ。日系メーカーの方がインドネシア産品だが,推奨対象外だ。インドネシアの新車販売はトヨタ以下日系メーカーが9割を占め,公用車も日系車種が多い。プラボウォはスハルト元大統領の娘婿で,人権侵害で軍籍を剥奪された経歴を持つ元軍人だ。スハルト政権下公用車は長くボルボだった。スハルトの利権だ。
ナショナリズムの下,国民にアピールし易いポピュリズム政策が採られる。ソーシャルメディアは,単純で短い判り易い情報にして流す。日本製鉄のUSスチール買収に対し米国大統領は反対する。米国・インドネシア両大統領は,経済合理性にも国益にも反する判断をしている。しかし,国益の為に外資に反対するとのメディア情報は,判り易く単純で国民にアピールする。自省があってこそ自由は享受できるとの考えを入れた,IT・AI・SNS規制ができるかに自由の命運はかかっている。
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