世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1523
世界経済評論IMPACT No.1523

中国の「自由貿易試験区」とアジアの地域統合

唱  新

(福井県立大学 教授)

2019.10.28

 最近,中国の対外開放の動向に関しては,とくに注目すべきなのは国内では「自由貿易試験区」(以下,「自貿区」と略す)の進展と対外開放の拡大である。

 中国「自貿区」の第1号は2013年9月29日に設置した「上海自由貿易試験区」である。それ以降,2015年4月21日に天津,福建,広東に,2017年4月1日に遼寧,浙江,湖北,河南,重慶,四川,陝西に,2018年10月16日に海南に,2019年8月26日に山東,江蘇,広西,河北,雲南,黒龍江など,18の地域を拡大した。

 中国では「自貿区」を設置する狙いは対外開放をさらに拡大するための国内の制度改革及び市場経済化の推進であるが,その第1号としての「上海自由貿易試験区」を設置する直接的な背景は当時,WTOから中国の「市場経済地位」の承認及び欧米との「投資協定」(BIT)交渉にどう対応するかの政策的な試みである。

 とくに中国は2008年に「中米投資協定」,2012年に「中欧投資協定」の交渉をそれぞれ開始したが,その交渉にあたって,市場アクセス前の国民待遇,政策の透明度,金融・サービス市場の開放,投資の自由化,人民元・為替レートの自由化などのオファーは国内経済にどれだけの影響があるかを確認するために「上海自由貿易試験区」を設置し,欧米の市場経済制度の基準に基づいて,市場経済化の開放政策を試験的に導入した。それ以降,次第に沿海地域及び内陸地域にも拡大し,現在の18ヶ所の「自貿区」はほぼ中国全土の7割をカバーしている。

 「自貿区」の改革措置は主に次の三つある。

1.「自貿区」政府自主権の拡大と管理方式の改革。

 「自貿区」設置の最大の狙いは外国直接投資に対する規制緩和であるが,そのために「自貿区」改革案においては,地方政府への大幅な権限移譲を推進するとともに,外国投資に対する参入前の「内国民待遇」及び「ネガティブリスト」を中心とする投資管理制度を採用している。これにより,「自貿区」では従来のWTO加盟議定書に約束した「内国民待遇」の適用範囲を超えて,外資系企業の投資領域をサービス貿易に拡大したと同時に,「ネガティブリスト」以外の業種に対し,従来の「許認可制」から「登録制」へと変更し,外国投資に対する規制を大幅に緩和した。

2.輸出入通関手続きの簡素化。

 輸入拡大は最近,中国市場開放における大きな政策転換である。その政策効果をより一層拡大するために,「自貿区」では,「ワンストップ」通関,薬品・動植物検疫,平行輸入の規制緩和などの面で,新たな管理方式を採用し,通関手続きの時間とコストを最大限に短縮させると同時に,外資系企業への審査認可制も廃止しつつある。

3.金融市場の開放。

 かつて,金融市場の開放と人民元取引自由化は中米投資協定交渉の焦点となっていたが,その開放は中国国内経済への影響を検証するためにまず,「上海自由貿易試験区」で,内資銀行,非金融会社,外資系銀行への規制緩和,利率の市場化,人民元資本項目の取引自由化と海外送金への規制緩和などを試行し,その後,広東省,天津などの「自貿区」に拡大した。

 金融市場の開放では特に進展しているのは外資系銀行への規制緩和であり,その政策は「上海自由貿易試験区」である程度の成果を上げた上で,中国の国務院は今年の10月15日に「中華人民共和国外資銀行,外資保険会社管理条例」を実施し,外国銀行,資産運用会社,証券会社,保険会社の外資出資比率の規制,現地法人設立の規制などを廃止し,外国銀行,証券,保険業の中国金融市場での事業展開への規制を大幅に廃止・緩和した。

 中国「自貿区」の設置は最初中米,中欧の投資協定の締結を促進するための政策であったが,現在の金融・資本市場の開放はあくまでも中米貿易協議の妥結に向けた対策である。さらに中国はこの金融・資本市場開放により,中国EUの投資協定の締結を積極的に推進している。

 アジアの地域統合に目を転じると,中国の市場開放と国内制度の改革は現在進行中のRCEP交渉の「追い風」となるが,その交渉の難しさからみれば,懸念要因も残されているといわざるを得ない。こうした中で,アジア地域統合の拡大深化を促進する一環として,CPTPPの役割は期待されているが,その影響力を拡大するために中国の参加は不可欠である。中国における「自貿区」の設置により,国際ルールに準ずる国内制度の改革は進展し,高度な自由貿易協定に参加する条件も整えつつある。その結果として,中国のCPTPPへの参加も現実味を帯びるようになっており,日本としては,中国のCPTPP参加を呼び掛けて,それによるアジアの地域統合は質量とも大きく前進すると期待できるであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1523.html)

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