世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国,科学技術強国への躍進と中米新冷戦の行方
(福井県立大学 教授)
2020.12.28
2020年は中米紛争が最も激しい一年であるが,中国の科学技術研究が大躍進の一年でもある。最近の動向についてみると,11月28日に有人深海探査艇(奮闘者号)は水深1万メートル以上の潜航に成功,12月3日に次世代高速計算機,量子コンピュータの開発に成功し,「量子超越」を実現,12月7日に四川省成都市の中核集団西南物理研究院では「人工太陽」ともいわれる核融合研究措置「中国還流器2号M(HL-2M)」は初稼働,12月17日に「嫦娥5号」(じょうがごごう)月面探査機の帰還機は地球着陸に成功したなど,人類社会の将来を左右する重大な科学技術研究領域で画期的な研究成果を成し遂げた。
特に安徽省にある中国科学技術大学の研究グループで開発された量子コンピュータはグーグルの超電導回路方式とは異なる光方式を採用し,200秒で済む実験を中国の高速スパコン「神威太湖之光」で計算すると25億年,日本の「富岳」でも6億年を要するといわれ,アメリカのグーグルとIBMを抜いた「量子超越」を果たした。
中国は2000年以降,製造業の育成とその国際競争力の強化に積極的に取り組み,製造業の幅広い分野では質量とも厚みを増しつつある。それを踏まえて,2015年以降の「第13次5ヶ年計画」期間中,科学技術の開発と教育事業の振興に取り込んできた。それは単に研究開発費と教育費の拡大だけでなく,科学技術研究体制の整備,人材の育成政策及び科学技術者に対する奨励政策の実施,科学技術の研究成果の移転促進など,総合的な科学技術振興政策を着実に推進してきた。研究開発費の支出に関しては,UNESCOの統計によれば,2018年にはアメリカの5,815億ドルに対し,中国は5,543億ドル(購買力平価)に上がって,世界第2位となり,第3位の日本(1,768億ドル)の3倍強,第4位のドイツ(1,379億ドル)の4倍となっている。
また,このような科学技術研究の躍進を引き起こす「起爆剤」は人材育成である。重点大学への教育支出の拡大を中心に,1990年代の「211プロジェクト」(21世紀に向けて100ヶ所重点大学を育成),2000年以降の「985プロジェクト」(世界一流研究型大学の重点育成),2015年から始まった「双一流プロジェクト」(世界一流学科と一流大学の重点育成)などの人材育成政策は功を奏し,年間大学卒業者数(短大を含む)は1,000万人,大学院生の卒業者数は60万人,外国からの留学生帰国者数は50万人に上がって,人材層の厚みが間違いなく増しつつある。現在の中国では数多くの研究開発分野では30代,40代の若者が活躍しており,むしろ,これらの若い世代の研究者は中国の科学技術研究開発の将来発展を支える重要な「担い手」となっている。
12月16日~18日に開催された「中央経済工作会議」では,「国家の戦略的科学技術力の強化」,「自らコントロール可能の産業サプライチェーンの構築」など8項目の重点政策を取り上げていた。来年から実施を始める「第14次5ヶ年計画」では,さらに将来に向けた戦略的な科学技術振興計画を実施すると見込まれている。
中国の科学技術開発では規模の優位を有しているが,それに豊富な研究開発費と厚みのある人材層を加え,科学技術開発は飛躍的に発展するであろうが,最近,アメリカの対中半導体輸出規制にみられているように,基礎研究の遅れ及びコア技術の対米依存は最大の弱みといわざるを得ない。
即ち,中国の科学技術力の向上は経済力,軍事力,国力の強化につながっている故,アメリカの対中警戒心を刺激し,対中制裁は激化するであろう。現在の中国は依然としてアメリカとの協力を通じて,関係回復を実現しようという「幻想」を持って,「対米妥協点」を模索しているが,その可能性はほぼゼロといっても過言ではない。バイデン政権の対中政策はまだ不明確であるが,中米貿易戦の激化及び同盟国との連携強化で,地政学での対中封じ込め政策は一層激しさを増すであろう。その上,次世代技術開発をめぐる「中米ハイテク戦」の熾烈化に伴って,アメリカはハイテク分野での「対中封鎖政策」をさらに強化するであろうと見込まれている。こうした中で,中国がアメリカに依存しない自主的な研究開発能力を育てるかどうかは中米ハイテク戦の勝負を決める「試金石」となる。中日技術開発連携に関しては,現在,EV,再生可能エネルギー,電子商取引など,多くの新興領域では進展している。将来,研究開発分野での連携が期待されている。
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