世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
アメリカの対中貿易制裁はなぜ効果がないのか
(福井県立大学 教授)
2021.06.21
2018年3月から実施し始めたアメリカの対中貿易制裁は効果があるのか? まず,関連データでみると,中国対米輸出は2019年には確かに12.5%減の4,186億ドルに減少したが,2000年には7.9%増の4,518億ドルに回復し,2021年の1~5月には49.8%増2,060億ドルに急増した。また,外国企業の対中直接投資に関しては,2020年には新型コロナウイルスにより世界的な直接投資が減少した中で,中国の対内直接投資は4.5%増の1,443.7億ドルとなり,2021年1~5月には35.4%増の770億ドルに達した。これらのデータからみれば,アメリカの対中貿易制裁は効果がないと言っても過言ではないだろう。
因みに本稿は企業経営モデルの変化というアメリカ側の要因と産業発展という中国側の要因を考察し,その将来展望を試みたい。
1.アメリカ側の要因:製造業のファブレス化の進展
ファブレス企業とは製造部門を持たずに開発・設計とマーケティングに特化して,製造を協力会社に委ねるメーカーのことを指している。1980年代以降のアメリカでは開発,設計,マーケティングこそが付加価値を生み出すという考え方の下で,ファブレス企業が増加し始め,最初は電子機器産業では圧倒的に多かったが,現在では一般機械など幅広い産業にひろがって,そのファブレス企業のサプライヤーの多くは中国企業である。
アメリカの代表的なファブレス企業であるアップルを例にみると,同社の開示した2020年サプライヤー200社では,中国は51社で第1位,それに次いで,台湾は48社,日本は34社,アメリカは32社,韓国は13社の順となっている。中国勢は主にモジュール(複合部品)の製造や金属加工などスケールメリットを出しやすい分野である(『日本経済新聞』6月3日版)。
アップルの他,アメリカでは多くの中小ファブレス企業が存在し,製造業のファブレス化が急速に進展している。これらのファブレス企業はサプライヤーを選択する場合,地政学的なリスクというよりも主にコストを最優先に考えている。中国企業の場合,先進国企業と比べ,製品の技術集約度が低いが,顕著なコスト優位があるため,多くの受注を獲得し,アメリカファブレス企業にとって,最適なサプライヤーとなっている。現在,確かに一部のサプライヤーは中国からベトナムなどに移転し始めているが,製造技術や裾野産業などの面からみれば限界があり,中国は依然として独自の競争優位を維持できると見込まれている。
2.中国側の要因:製造業及び新興産業の躍進
中国は2010年以降,産業の技術力と成長力が急速に高まり,ハイテク産業及び新興産業の発展は目覚ましいものがある。
アメリカ国立科学財団(NSF)の統計によれば,2018年の時点では航空宇宙,医薬品,コンピュータ,科学的研究開発サービスを含むハイR&D集約型産業の付加価値額に関しては,アメリカは第1位,中国は第2位で,アメリカは依然として優位を持っているが,自動車,医療機器,機械設備,鉄道等輸送機械,電気機器,IT・情報関連サービスを含むミディアムR&D集約型産業の付加価値額では中国はすでにアメリカを抜いて,世界第1位となった。こうした中で,中国は次世代を担うNEV(新エネ車)や再生可能エネルギーなど,新興テクノロジーの最前線分野でも力が強まりつつある。
アメリカのEV『Sales』の統計によれば,2020年1~10月に中国BYDのNEV完成車の生産台数はアメリカのテスラ(第1位),ドイツのフォルクスワーゲン(第2位)に次いで,第3位となっている。また,車載電池の生産に関しては,2020年に中国CATL(寧徳時代新能源)の世界シェアは26.0%で,かつて世界トップのパナソニックを抜いて,第1位となり,CATLとBYDの中国勢の合計は34.1%となった。こうした中で,CATLはアメリカテスラ社の主要サプライヤーに採用されており,今後,アメリカへの輸出拡大を見込まれている。
また,急速に拡大している太陽光パネルの生産に関しては,2018年には中国勢の世界シェアはすでに72.7%となり,欧州の2.6%,アメリカの1.3%,日本の1.2%をはるかに上回っている。太陽光パネルはアメリカ対中制裁の重点項目で,関税引上げにより,対米輸出は急減してはいるが,強い技術力と顕著なコスト優位により,輸出先の多様化及び国内市場への販売拡大を通じて,強靭的な成長力を見せられている。
要するにアメリカは中国抑止,国内産業保護などの目的で,中国産業の発展を必死に抑え込んでいる。しかし,中国は巨大な自国市場,豊富な資金力,世界トップクラスの大学,厚みのある人材層などの優位で,企業の急速な事業拡大を可能にする優位を持っており,その発展の潜在力が非常に大きいと言わざるを得ない。それゆえ,アメリカの対中経済制裁は結局,「空振り」になるであろう。
関連記事
唱 新
-
[No.3264 2024.01.22 ]
-
[No.1995 2020.12.28 ]
-
[No.1635 2020.02.24 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]