世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
政治に翻弄され続けてきた技術革新
(アトモセンス・ジャパン社 社長)
2025.12.15
資本主義経済の発展と技術革新
2025年のノーベル経済学賞は,「新しい技術がどのような持続的経済成長を引き起こすかを解明したこと」で,ジョエル・モキイア教授ら3名の学者に贈られた。彼らは,イギリス経済の一人あたり実質GDPが,1650年までは横ばいであったが,産業革命を契機に幾何級数的な発展を遂げたことを示し,これを「創造的破壊技術」による内省的経済成長の軌道と捉えている。
近代資本主義経済の発展は「技術革新」によって起こり,具体的にはイギリスの「産業革命」以来,「技術開発競争」が激化し,それが「新製品開発競争」へと展開した。
しかし,技術革新による経済成長は,戦争の形態をますます悲惨なものに変えてきた。第一次大戦以降,世界は戦争・紛争の連続である。兵器生産は国民を豊かにしない。高市政権は「新技術立国」として「デュアルユース(軍民両用)技術」の開発に資金を投入すると公言し,これに対し中国は日本が軍国主義に戻ろうとしていると批判した。
1981年頃からのアメリカ・Deep Stateによる「グローバル化」は,「商品価格切り下げ競争」と「底辺への競争」を引き起こし,技術革新活動を抑制し,世界の国々の経済を衰退させた。Deep Stateの目的は,世界の富を収奪し,世界を乗っ取ることである。1945年から1980年まで先端技術で世界の覇権国だったアメリカは,グローバル化により経済が衰退し,イノベーションもできない劣等国家になった。日本はアメリカに隷属し,富を収奪されることを受け入れている。
我々は,「技術革新」「先端技術」を,国民の豊かさのために活用しなければならない。技術革新競争が「技術覇権争い」(テクノ・ヘゲモニー)に変化し,世界中に不幸を撒き散らしてきた歴史を踏まえ,技術革新の本質を考え直す必要がある。
これまでの経済学者が描いてきた資本主義と技術革新
◯アダム・スミス
18世紀のアダム・スミスは,市場経済において個人の利益追求が「見えざる手」に導かれ,社会全体の繁栄と調和をもたらすとし,その生産活動のベースは「分業」と「協業」であるとした。この頃は技術革新にはあまり焦点が当てられなかったが,スミスは初期の著作で,経済社会における倫理・道徳の重要性を訴えている。二宮尊徳も「経済活動は倫理・道徳が伴わなければ犯罪になる」と述べている。
◯カール・マルクス
マルクスは『資本論』で,「資本」が「労働者」を搾取することで資本主義経済が成り立つとし,「階級闘争」が起こるとした。彼は,資本主義の発展は「固定資本の有機的構成の高度化」と「利益率の低減」を進め,最終的に労働者の革命によって「社会主義社会」「共産主義社会」へ移行すると描いた。この『資本論』では,技術革新や技術者の概念は無視されている。しかし,マルクスの後の著作では,人間の創造力や技術力が入り,資本主義は新しい技術や商品を開発して豊かな経済社会を創り上げるとの見方も示されている。
◯デイビッド・リカード
リカードは,一国が比較優位(生産コストが低い,または価値や特質が優れている)を持つ商品を輸出し,外国の優れた商品を輸入する「比較優位生産と国際貿易,国際分業」の理論を提唱した。ここでいう「比較的に優れた価値」は,「優れた技術」によってもたらされる。「国際分業」の概念には他国をリスペクトする心,すなわちアダム・スミスの言う「道徳・倫理を体する」ことが含まれる。
近年,中国による安いが質の悪い商品の過剰生産(ダンピング)により,「舶来品」の概念が失われ,アメリカはものづくり技術の能力をギブアップしたため,貿易赤字が拡大している。
◯ジョセフ・シュンペーター
シュンペーターは「イノベーション理論の父」として知られ,イノベーションを「新結合(Neue Kombination)」という言葉で表現し,技術開発に必要な資金として「信用創造」という考えを訴えた。
彼は,資本主義を支配する合理主義の精神が,結婚や子育てといった非経済合理的行動を割に合わないと考えさせ,人口減少を引き起こすと指摘した。シュンペーターは,創造的破壊によって破壊されるのは「資本主義」であり,創造されるのは「社会主義」だと考えていたが,現実の歴史はマルクスの後半の著作で示唆された方向(資本が世界を走り回り,新しい技術や商品で経済社会を創る)に近い動きを見せている。
これまでのテクノ・ヘゲモニー(技術覇権)の変遷
近代の「覇権国の興亡」は「技術覇権国の興亡」であり,先端技術は強力な軍事力や産業となり覇権を手にすが,技術が社会に適合しない場合,国が衰退し滅ぶこともある。
技術の進化は,盗用や模倣を経て進んできたが,産業革命以降は「技術開発の熾烈な競争の時代」となり,開発が不十分なまま新商品が市場に投入され,不具合や事故を引き起こしている。今日の原子力発電装置,リチウムイオン電池,太陽光発電装置などで起きる事故・災害は,技術が十分開発されないまま社会に実装されたことが一因である。
◯スペイン・オランダ・イギリス
16世紀のスペインは航海術で大航海時代を確立したが,陸軍主導の軍制のため海洋国家のオランダ,イギリスに敗北した。17世紀のオランダはユグノー人やユダヤ人を招聘して造船技術を高め,毛織物産業を立ち上げて経済を発展させた。18世紀のイギリスは蒸気機関を開発し,これを繊維機械に応用して「産業革命」を起こし,大英帝国を確立した。これらの国々は,先端技術で国力を高めたが,同時に海賊行為や植民地支配による富の略奪も行った。
◯フランス・ドイツ
18世紀のフランスは,軍事技術者キュニョーが世界最初の蒸気三輪自動車を開発し,精密な金属製品製造のための「測定技術」(ゲージとマスター原基)を確立し,マスプロダクションの基礎技術となった。ドイツは,生来技術力の高い民族であり,自動車用ガソリンエンジン,ディーゼルエンジン,「人工染色」などの化学技術を開発し,名実ともに「科学技術立国」になった。ドイツは地方分権の政治システムにより研究環境が整っており,マックス・プランク科学振興協会のような基礎研究機関を中心に,技術革新を忠実に実行している。
◯ソ連
ロシア民族はエンジニアリングの素養があり,歴史的・理論的にものを考えるといわれる。ソ連はアメリカに先駆け,1957年に人工衛星・スプートニクを宇宙に打ち上げた。1917年に共産主義国家として成立したソ連は,1981年の「米ソ軍拡競争」により殆どの予算と人材を軍事開発に投じ,国民が貧困化し,1991年に崩壊した。
現在のロシアはプーチン大統領のもと経済力を拡大しているが,アメリカとNATOはロシア経済を弱体化するために戦争を仕掛けている。
◯アメリカ
19世紀末,アメリカはフランスの計測技術を模倣し,「マスプロダクションシステム技術」を確立した。これを応用して,自動車(Ford ModelT)や家電製品などを大量生産し,コストを下げて普及させた。さらに石油化学,鉄鋼,通信技術などを開発し,「アメリカン・ドリーム」を創り上げ,1950年に「テクノ・ヘゲモニー」を確立した。
しかし,単純作業に従事させるマスプロダクションシステムは,労働者の自己思考力を奪い,マニュアル化が進んだ結果,技術の改良・改善が困難になり,イノベーションのできない国になった。アメリカのテクノ・ヘゲモニーはわずか25年で終了した。
原子爆弾の開発
1940年以降,アメリカ政府は軍人と企業家が管理する組織(NRDC,OSRD)を設立し,兵器を中心とした技術開発を進めた。ソ連への牽制と核エネルギーの平和利用を謳い,「原子力発電」の開発も始まった。しかし,アイゼンハワー大統領は退任の際,「軍産複合体が不当な影響力を獲得しないように身を守らなければならない」と訴えた。
◯中国
古代中国は羅針盤,火薬,紙,印刷の四大発明など,技術の先進国であった。しかし,1949年にロスチャイルドDeep Stateの資金援助で共産主義国家となった中国は,鄧小平の改革開放戦略後,アメリカと日本からの資金・技術で急速に経済力を拡大し,「世界の工場」となった。核兵器を開発し,先端技術を盗用することで技術水準を追い越した。
中国は兵器ではなく「超限戦」という孫子の兵法に基づく戦略で,プロパガンダを使い静かに各国を侵略している。トランプ前大統領は,中国の力が強大になりすぎたため,「地球の2つに分けて,西半球をアメリカ,東半球を中国に支配させる」という安保戦略「トランプ型モンロー主義」を公表し,日本が中国の属国になることを想定した。これは,アメリカが世界の覇権国の座を追われ,弱体国になったことを意味する。
◯日本
1500年頃,日本はポルトガル人から鉄砲の技術を受け入れ,模倣・改良して量産に成功し,優れた鉄砲を保有した。徳川幕府は鉄砲・大砲の製作を禁じ,300年の平和を築いた。明治維新後,富国強兵策をとり産業力・経済力を強化したが,日英米の策略により太平洋戦争に突入した。
戦後,日本はアメリカの占領下に置かれ,「日米同盟」は日本を弱小国に閉じ込めるための「瓶の蓋」であるとされてきた。
日本人は,シュンペーターの唱える「創造的破壊」は苦手だが,西洋や中国の文化・技術を受け入れ,それを日本社会に合うように変えて統合する力がある。また,製品を常に改良・改善し,いつの間にか新しい製品にしてしまう文化がある。トヨタの「ハイブリッドエンジン」開発はその好例である。左甚五郎が未完の傘を置いたという知恩院の逸話のように,「完全なものはない,常に改良してゆく」という精神こそが,日本型技術製品のベースである。
開発の中途半端な技術商品を市場に実装することの危険性
新しい先端技術でも,開発が十分でない技術を市場に出すと大きな事故を起こす。
◯原子力発電装置開発の悲劇
地球には約20億年前に天然の核分裂炉が存在し,我々人間は天然の核分裂の中で生きてきた。1953年,米アイゼンハワー大統領の「平和のための原子力」演説を機に,核分裂によるエネルギーの平和利用として「原子力発電」の開発が始まった。日本への導入は,正力松太郎氏が自分の政治的邪念のために進めたことから始まり,安全性が軽視された。
日本政府は,アメリカ製とイギリス製を輸入・手本に国産化を進めたが,「日本は地震・津波大国である」ことを忘れ,「日本に適した原子力発電装置」を作ることに失敗し,福島原子力発電所の大事故を引き起こした。外国製品を導入して62年たった今でも,日本に適合した原子力発電装置はできていない。これは邪心をもった政治家が大型の先端技術装置に介入した悲劇である。
また,オークリッジ国立研究所では,ウラン固形燃料方式とトリウム溶融塩方式の二つが開発された。ウラン固形燃料方式は制御が困難でメルトダウンの危険性があるが,原子爆弾に応用できるためアメリカ政府に採用された。トリウム溶融塩方式は,液体燃料で安定的に核分裂を起こし,安全性が非常に高いものであったが,原子爆弾にはならないため御蔵入りになった。
これは,アメリカの政治家,軍部が技術革新を悪用したことになる。現在稼働しているウラン棒型原子力発電装置は,技術的に開発が終わっていないもので,大変危険なものである。技術的に中途半端な危険な技術製品は社会実装してはならない。
原子爆弾の開発の裏話
原子爆弾開発の「マンハッタン計画」が遅れたため,別の爆弾投下計画が用意された。広島と長崎に投下された爆弾は原子爆弾ではなく,大量の毒ガスと焼夷弾であったという説があり,原子爆弾の破片がばら撒かれたという噂も流れた。アメリカは「原爆を投下した」というプロパガンダを流したが,爆心地近くで樹木や鉄骨が無傷で残っていたという事実は,原爆であれば起こりえない現象である。
開発が完了していない先端技術商品の社会実装を禁止する
◯核融合エネルギー
現在,日本では原子力発電技術より難しい「核融合エネルギー」の開発が計画されているが,適切な開発体制・組織がなければ,原子力発電事故の二の舞いになる。
◯リチウムイオン電池
吉野彰氏が開発したリチウムイオン電池は,世界中で発火事故を起こしており,欠陥商品であるとの認識が必要である。
◯リニア新幹線
日本で開発中のリニア新幹線(時速500km)は,地震大国日本では極めて危険なものであり,絶対に安全な運行ができるという科学的な確証が出るまで実用化してはならない。
◯AGI(汎用人工知能)
汎用AI技術は,開発の仕方によっては人間社会を破壊するおそれがある。ChatGPTなどの「生成AI」が良いものかまだわからず,多くの学生が自分で考えずにこれを使うようになっている。人間が考えることを放棄させ,奴隷になれと言っているようなもので,AGIを世に出してはならない。
◯ヒューマノイドロボティックス(人型ロボット)
イーロン・マスク氏らが開発している「人型ロボット」は,AI(心)を持った場合,人間に逆襲してくる可能性があると警告されている。マスク氏は,人型ロボットに人間の道徳,倫理,そして日本の文化を学習させようとしている。
世界は先端技術で軍拡競争に走り出している
今,欧州やロシアは戦争体制,兵器の増産体制を整えつつある。トランプ米大統領は「ルールなど存在しない」と言って,核兵器の実験を指示した。日本の高市内閣は,2025年10月に「科学技術・イノベーション基本計画」を閣議決定し,安全保障との連携を据え,「デュアルユース(軍民両用)技術」に公的資金を大幅に投入することを表明した。これは日本の軍事化への道であり,高市首相はアメリカ政府に煽られて「台湾有事」発言をしてしまった。この世界の戦争体制への動きを止めなければならない。
イーロン・マスクの技術開発の進め方
イーロン・マスク氏は,技術開発について「モノづくりの5Step engineering Algorithm」を提唱している。
- ・要件をすべて疑うこと
- ・部品や工程はできる限り減らすこと
- ・シンプルに,最適にすること
- ・サイクルタイムを短くすること
- ・自動化すること
これは日本のものづくりの真髄,ムリ・ムダ・ムラを省き,改善・改良を続けるという精神と共通する。マスク氏は,先端技術に倫理,道徳,社会との調和の精神,日本の文化を学習させる必要があると常々語っている。
我々は,この精神で日本経済を再発展させなければならない。「科学技術は人間社会を豊かにするものとして実用化されなければならない」という言葉を胸に刻み,国民が平和で豊かになるような技術・商品を開発すべきである。日本にはその力が備わっている。
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