世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4156
世界経済評論IMPACT No.4156

2025年版NSSにみるアメリカ帝国の変質と東洋の時代

三輪晴治

(アトモセンス・ジャパン社 社長)

2026.01.12

1992年から2025年へ,覇権のパラダイムシフト

 1992年に策定された「国防計画指針(DPG)」が描いた米国の「唯一無二の覇権」という夢は,ソ連崩壊後の30年間で急速に瓦解した。2025年12月5日,ドナルド・トランプ大統領が公表した33ページにおよぶ「国家安全保障戦略(NSS)」は,かつての傲慢な世界支配の野心を捨て,米国の経済的・軍事的衰退を率直に認めた歴史的文書である。

 不動産業界出身のリアリストであるトランプ氏は,商人的感覚をもって,米国が中国に経済力・技術力で追い抜かれた現実を直視した。本稿では,この2025年版NSSの内容を詳細に分析し,米欧が直面する「西洋の敗北」の構造的要因を解明するとともに,多極化する世界における日本の自立への道を考察する。

2025年版NSSの骨子:アメリカは「世界覇権」を降りたのか

 2025年版NSSの核心は,米国が「世界の警察官」としての役割を正式に放棄した点にある。戦略の主眼は「米国本土防衛」と「西半球(南北アメリカ大陸)」における優位性の維持に限定された。かつてオバマ大統領が「米国はもはや世界の警察官ではない」と呟いた言葉を,トランプ氏は国家戦略として制度化したのである。

 特に注目すべきは,強力なミサイル技術や極超音速兵器を有するロシア・中国からの大規模攻撃を最大の脅威と認識し,軍事リソースをこれらに対する本土防衛に集中させる方針だ。米国のケイトー研究所のジャステン・ローガン氏が指摘するように,新戦略の優先順位は「国民の安全確保,経済的利益,移民抑制」という内向きなものへと変質した。

 2025年版NSSは,歴代政権が追求した「責任ある利害関係者」としての中国育成策が完全な失敗であったと断じた。米国の支援で豊かになった中国は,民主化するどころか「一帯一路」を通じて南米などの米国の「裏庭」を侵略し,麻薬フェンタニルを用いた「現代版アヘン戦争」を米国本土に仕掛けている。

 トランプ氏は「30年間の誤った対中政策を反転させる」と宣言しつつも,軍事・経済の両面で「中国と正面から戦争して勝つことは困難」であるとの冷徹な認識を抱いている。そのため,表面上は中国の影響力を西半球から排除しつつも,裏では中国との共存やビジネスの継続を模索するという「二重構造」の戦略をとっている。

 欧州に関しては,「文明消滅の危機」という極めて厳しい認識が示された。大量移民による人種構成の変化と経済的衰退,さらに極右勢力の伸張などがその要因として挙げられている。米国は欧州への関与を後退させ,欧州諸国が自らの防衛に主権的責任を負うべきだとしている。

 中東についても,かつての戦略的優先順位はもはや存在しないとされた。中東の紛争は「ヘッドラインで報じられるほど深刻ではない」と一蹴し,同地域を軍事介入の対象ではなく,投資の源泉とみなす姿勢に転換している。これを,モンロー主義を現代的に拡張した「トランプ補論(Trump Corollary)」と呼ぶ。

アメリカ帝国の衰退:自壊の構造

 米国の衰退は,1980年代以降に推進された新自由主義と経済のグローバル化に起因する。ミルトン・フリードマンらの理論に基づき,安価な労働力を求めて工場を海外移転させた結果,米国内には「ラストベルト」が広がり,製造業の基盤が消失した。その代替として,雇用を生まない「マネーゲーム」と「デジタルIT(GAFAM)」に特化した経済構造は,極端な所得格差を生み,社会を内側から分裂させた。

 米国の政府債務は39兆ドルに達し,GDPの1.3倍を超えている。利払いだけで年1.3兆ドルを要する財政は,もはや大規模な軍事行動を支える余力がない。皮肉にも,これまで米国が大量の赤字国債を発行し続けられたのは,中国からの安価な製品輸入によるデフレ効果と,日本による買い支えがあったからである。しかし,供給網の分断とインフレの進行により,このモデルは限界に達している。

中国の浮上と「共産主義的市場経済」の限界

 1970年代のニクソン・キッシンジャー外交に始まる対中支援は,中国を「世界の工場」へと押し上げた。中国はWTOのルールを逆手に取り,国家ぐるみの過剰生産とダンピングによって世界市場を席巻した。2025年現在,EV自動車や蓄電池の分野で中国は世界一の生産力を誇るが,これは資本主義の論理を無視した共産党主導の経済運営の結果である。一方で,中国の債務比率はGDPの3倍以上に達しており,不動産バブルの崩壊は隠蔽されたままである。習近平政権による強権統制は,アリババやテンセントといった先端企業の活力を奪い,富裕層の国外逃亡を招いている。さらに,軍内部の不満による暗殺未遂やクーデターの噂が絶えない現実は,中国が「内なる崩壊」を抱えた「張り子の虎」であることを示唆している。

多極化する世界:G5・G6構想と東洋の時代

 国力を測る指標として「購買力平価(PPP)ベースGDP」を用いると,1位中国,2位米国,3位インド,4位ロシアという順位になる。米国国防省も認めるこの事実は,核保有大国同士の正面衝突が不可能であることを意味する。世界はすでに「米欧対その他」ではなく,多極化の時代に突入している。

 トランプ氏は,従来のG7を軽視し,米国,中国,ロシア,インド,日本による「G5(コア・ファイブ)」,あるいはブラジルを加えた「G6」による国際秩序の安定化を画策しているとされる。ここで欧州諸国が外されている理由は,彼らが信仰や伝統を喪失し,ニヒリズムに陥っているためだとトランプ氏は見ている。これは5000年の歴史的スパンで見れば,アングロサクソン支配の終焉と「東洋の世紀」への回帰を意味する。

日本の進むべき道:独立と覚醒

 日本は戦後80年間,GHQによる「洗脳の檻(WGIP)」の中で,自らの歴史や精神性を否定し続けてきた。吉田茂以来の「経済優先・安全保障依存」という属国主義は,米国が弱体化した今,日本を中国の勢力圏へと漂流させるリスクとなっている。日本人は今こそ「自分への嘘」をやめ,自立した国家としての意志を持たねばならない。

 ワシントンの識者の一部が指摘するように,多極化世界の安定のためには日本が核抑止力を持ち,独自の極を形成することが望ましい。ニクソンがかつて佐藤栄作に進言したように,核武装しない国は国際的な発言力を持てない。日本は核装備を含む「武装中立主義」を真剣に検討し,ロシアやインド,グローバルサウス諸国と対等な外交を展開すべきである。

 多極化する世界において,資源大国ロシアとの友好関係は極めて重要である。シベリアの資源開発に日本が参画し,エネルギーの安定供給を確保することは,経済安全保障の観点からも必須である。ロシアとの信頼構築こそが,長年の課題である北方領土返還や拉致問題解決への唯一の道となる。

結実する日本精神:ニヒリズムを超えて

 エマニュエル・トッドが指摘した「西洋の敗北」の本質は,文化と信仰の喪失にある。日本もまた,戦後民主主義の名の下に縄文以来の共同体精神や武士道の伝統を喪失し,ニヒリズムに陥っている。真の独立とは,軍事力や経済力のみならず,国民が自国の歴史と伝統に誇りを持つことから始まる。

 日本のリーダーは,他国の無理難題に対してはガンジーのように「不服従」で応じ,安易に他国の紛争に介入しない「君子の交わり」を貫くべきである。大和心と「葉隠武士道」の精神を取り戻すことこそが,激動する21世紀において日本が独自の光を放つ鍵となる。

 2025年版NSSは,アメリカ帝国の終焉と,新たな多極化時代の到来を告げる弔鐘である。トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」は,皮肉にも日本にとって「独立」の絶好の機会を提供している。米国は西半球に閉じこもり,中国は内部矛盾を抱えながら覇権を模索している。このような不安定な国際情勢の中で,日本がかつての「属国の道」を歩み続けることは,亡国への道である。日本は自らのネットワークパワーを活かし,ロシア,インド,ASEAN諸国と「和の精神」をもって連携し,アジアの安定の要としての地位を確立しなければならない。

 「西洋の敗北」は,日本にとっての「精神的再生」の始まりでなければならない。日本が自らの歴史を取り戻し,核武装を含む真の独立を果たしたとき,初めて「東洋の浮上」は真の意味を成すのである。日本人は今こそ,目先の損得ではなく,百年の計をもって国家の進路を定めるべき時を迎えている。

 最後に,トランプ大統領自身の不安定な性格についても言及せねばならない。一部で「精神分裂症」や「ドン・キホーテ」と揶揄される彼の行動は,しばしば一貫性を欠く。ベネズエラへの奇襲攻撃やグリーンランド領有の宣言に見られるように,彼は「モンロー主義」を超えた「ドンロー主義」的な介入を繰り返す可能性がある。日本はこの予測不能なリーダーに対し,媚を売る「ポチ」になるのではなく,毅然とした自律外交を展開することが求められている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4156.html)

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