世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
COP30の成果と課題・CBAMの議論の行方
2025.12.15
去る11月10日から22日,ブラジル・ベレンで開催された「国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)」では,成果文書として「ベレン・ポリティカル・パッケージ」が公表された。その中核を成すのが,気候変動対策の緩和・適応・資金といった主要分野を包括的に扱う「グローバル・ムチラオ決定」である。「ムチラオ(mutirão)」はポルトガル語で「共働」を意味する。同決定の主なポイントは,第一に,地球平均気温の上昇を1.5℃に抑えるというパリ協定の目標を改めて確認し,各国に対して排出削減と適応行動の加速を求めた点である。第二に,2035年を視野に入れた次期NDC(国別削減目標)の早期提出と質的向上を促し,目標設定から実施段階へと重点を移す姿勢が明確にされた。第三に,気候変動の影響が深刻化する中で,途上国に対する適応支援や損失損害(L&D)への対応を重視し,関連基金の運用を含めた国際的連帯の必要性を打ち出した点も特徴である。
一方,COP30の合意にはいくつかの重要な課題が残された。第一に,適応策に関する資金拡充の必要性は,政策として強調されたものの,その調達方法や資金源,拠出の具体的枠組みなどについては,踏み込んだ合意に至らなかった。気候災害が頻発する中で,適応ニーズは待ったなしの状況にあり,この点はCOP30の成果の限界を示している。第二に,緩和分野においては,脱化石燃料をめぐる合意形成が依然として困難であることが改めて浮き彫りになった。交渉では,化石燃料の段階的廃止についての明確な合意には至らなかった。緩和策の野心をどこまで高められるかという根本的な議論は次回以降に持ち越された。これは,1.5℃目標をめぐる国際政治の複雑さと利害対立の深さを象徴している。
こうした中で,筆者らが特に注目しているのは,EUが2026年に正式導入する炭素国境調整メカニズム(CBAM)を念頭に,気候変動と国際貿易の関係をめぐる議論が今回のCOP30において展開されたことである。すなわちCOP30では初めて,貿易に関わる気候措置を扱う公式ワークストリームである「気候変動に関連する貿易制限的な一方的措置に関するプラットフォーム」(Platform on Unilateral Trade-Restrictive Measures Related to Climate Change)が設けられ,CBAMが国際協力や公平性にどのような影響を与えるのかが正面から議論された。途上国側は,CBAMが実質的な貿易障壁となり,脱炭素化の負担が輸出依存国に偏る可能性への懸念を示した。
この議論の意義は,従来の気候交渉がほぼ環境政策に限定されていたのに対し,気候変動と国際貿易の制度設計を同じテーブルで議論する新たな段階に入ったことである。世界各地で炭素価格制度が広がる中,貿易政策との連動は避けられず,CBAMをめぐる議論は今後,WTOをはじめとする国際経済枠組みとも交差していくであろう。
このように,今回のCOP30では,気候変動対策の「実施」への移行が全体としての大きなテーマとなり,気候資金の拡充や,いわゆる「公正な移行」のためのメカニズムの制度化が総論として進められた。しかし,化石燃料の段階的廃止の各論には合意が得られず,国際的な温度差が浮き彫りになった。それでもなお,COP30の参加国は,いずれも経済成長と持続可能な発展の両立を目指し,環境問題にも積極的に取り組んでおり,特に再生可能エネルギーの導入促進や,エネルギー効率の向上,海洋プラスチックごみ対策などは注目分野となっている。COP30で示された「公正な移行」や気候資金の拡大といった目標を地域レベルで具体化することが期待される。
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