世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3772
世界経済評論IMPACT No.3772

EVの使用済みバッテリー回収政策を考える

張 暁芳(千葉大学国際高等研究基幹・大学院社会科学研究院 特任助教)

石戸 光(千葉大学 副理事・教授)

2025.03.24

 2015年にパリ協定が採択されて以来,脱炭素化は世界的な潮流となっており,その目標を実現させるには,あらゆる分野での脱炭素化が不可欠である。とりわけ運輸部門は世界の二酸化炭素(CO₂)排出量の約15~20%を占めると指摘されており,その多くがガソリン車・ディーゼル車から発生している。よって,運輸部門の脱炭素化は,電気自動車(BEV・PHEV),燃料電池自動車(FCV)など,走行時にCO₂を排出しない新エネルギー自動車の果たす役割が期待される。新エネルギー自動車のうち,車載のバッテリーに貯められる電気だけで駆動するBEV(battery electric vehicle)の普及は,世界中で急速に進んでいる。BEVの販売台数が全自動車販売台数に占める割合は,2020年の3%から2023年には12%へと大きく上昇した。国・地域別に2023年のBEV販売台数を見ると,中国は540万台(世界シェア57%),ヨーロッパは220万台(約23%),アメリカは110万台(約12%)で,これらの国・地域だけで世界の9割以上を占める。

 一方,BEVに搭載するバッテリーの寿命は8〜15年程度(使用環境,充電頻度,走行距離により差異)である。バッテリーには重金属や有害な化学物質が含まれており,不適切な処理を行うと環境汚染のリスクがある。また,使用済みバッテリーには希少金属も含まれており,新たに採掘するよりもリサイクルする方が環境負荷を抑えられる。つまり,使用済みバッテリーの回収・リサイクルは,環境保護や資源の有効活用の観点から重要である。特にBEV開発で先行する国には,使用済みのバッテリーの効果的な回収・リサイクル体制の構築が求められる。中国では2018年以後,複数の電気自動車バッテリー(以下:EVバッテリー)回収利用に関する政策が打ち出した。EUは,2023年7月に「バッテリー規則(Regulation (EU) 2023/1542)」を公布した。アメリカでは,現時点で使用済みEVバッテリーの回収や再利用を義務付ける連邦規制は存在しないが,カリフォルニア州は2022年9月に「責任あるバッテリーリサイクル法」を制定した。一方,世界的に見ても,使用済みEVバッテリーの回収率は低迷しているのが現状である。

 使用済みEVバッテリーの回収率を妨げる要因として,主に以下の3点が挙げられる。第一は,インフラ不足である。EVバッテリーのリサイクルには,高度な技術と専門設備が必要で,基準を満たすリサイクル施設も限られている。第二は,コストが高いことである。バッテリーの解体・処理はコストが高く,新しいバッテリーを生産する方が安いケースが多い。また,EVバッテリーはメーカーごとに設計が異なり,統一規格がないため,解体やリサイクルが難しく,効率的でないこともコストが高くなる要因の1つである。第三は,法規制の整備不足である。例えば,中国ではいくつかの法規制でEVバッテリーの回収・リサイクル義務を強化しているが,実効性が低いため,回収率が低下している。また日本においては,EV車への注力がアメリカ・中国の企業と比べて遅れていると指摘されており,バッテリーの研究開発および回収システムの構築には1社だけでは賄えない規模の研究開発資金が必要となる点が,自動車産業全体で経営上の大きな課題となっている。このような状況において,EVバッテリーの回収・リサイクルを向上させるためには,各国政府間および企業間の協力と努力が欠かせないと言える。

 ここで米国・中国・日本をメンバーとして含むAPEC(アジア太平洋経済協力会議)においては,国をまたいだ産学官の「自動車対話」(Automotive Dialogue: AD)が機能している。年に1~2回開催されるADでは,バッテリーの研究開発への投資と技術革新の奨励,バッテリー材料のより安定的で予測可能な供給の実現,バッテリーのライフサイクル全体にわたる関連業界間の協力の強化,バッテリーのリサイクルと再利用を通じた新たな循環型経済モデルの開発,バッテリーの国際基準の開発と調和が活発に議論されている。電気自動車の普及に伴い,使用済みバッテリーの増加が予想される中,バッテリーの回収・リサイクルは,環境保護と資源の有効活用の観点からますます重要性を増していく。今後も,効果的な回収・リサイクル体制の構築に関する(APECを含めた)国際フォーラム・各国政府・個別企業の取り組みとそれらの連携に注目したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3772.html)

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