世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3994
世界経済評論IMPACT No.3994

国際的な課題としてのヒートアイランド現象

張 暁芳(千葉大学国際高等研究基幹・大学院社会科学研究院 特任助教)

石戸 光(千葉大学 副理事・教授)

2025.09.15

 都市部の気温が周辺地域よりも高くなる「ヒートアイランド現象」とは,アスファルトやコンクリートなどの構造物がが地表の熱を蓄え,これに建物やモビリティ,工場からの排熱が加わることで,都市全体が熱を帯びた“島”のようになる現象である。夜間の冷却も進まず,健康リスクや電力需要の増加を引き起こす要因となっている。アスファルトやコンクリートによる地表の人工化に加えて,緑地の減少,建物の密集による風通しの悪化,車や空調などによる人工排熱がヒートアイランド現象の要因となっており,熱中症のリスク増加や生態系の変化,エネルギー消費の増加につながっている。

 本稿の共著者の1人(張)は2025年8月末に出身地である中国河南省に帰省し,昼間の外出を控えるほどの暑さを体感した。気象データによれば,河南省の近年の8月平均気温は過去30年と比べて2〜3℃高い傾向が続いている。日本でも同様であり,北海道で最高気温が沖縄を上回る日が観測されるなど,かつて「涼しい場所」とされた地域にも酷暑が拡大している。筆者らも,この暑さのなかでは集中力や作業効率が低下することを実感している。

 この体感はILO(国際労働機関)の報告でも裏付けられている。これによれば,2030年までに世界全体の労働時間の約2.2%が熱ストレス(heat stress)により失われる見通しであり,これは全世界で8,000万人分のフルタイムの雇用が失われる規模に匹敵する(ILO, 2019, Working on a Warmer Planet, p.13)。特に南アジアと西アフリカではGDPの5%以上の損失が予測されており,影響は極めて深刻である。また,東南アジアはもともと高温多湿な気候を特徴とし,共著者の1人(石戸)が業務で訪問するタイのバンコクの年間平均気温は約29℃,インドネシアのジャカルタは約27℃に達する。近年では体感温度が40℃を超える日も増加しており,工場労働者の勤務時間短縮や冷房需要の拡大が現実の問題となっている。国際エネルギー機関(IEA)によると,東南アジアの空調機器の台数は2017年の4,000万台から2040年には3億台に増加する可能性があり,その結果,2040年時点では冷房需要がピーク電力のおよそ30%を占め,追加で200GWもの発電容量が必要になるとの見通しである(IEA, 2019, The Future of Cooling in Southeast Asia, p.10)。しかし電力供給の多くは依然として石炭火力に依存しており,二酸化炭素排出量の増加は避けられない。その結果,EUが導入する炭素国境調整措置(CBAM)の対象となり,鉄鋼やセメントなどの輸出産業がコスト上昇に直面している。

 このように,ヒートアイランド現象と地球温暖化は,単なる生活上の不快感や健康リスクにとどまらず,労働市場の損失,エネルギー政策への負荷,さらにはこれらの国際貿易による調達など,国際経済の安定性にまで波及する。それらの影響を緩和するために,個人としては健康上無理のない範囲で冷房依存を抑え,省エネ型機器や断熱材を導入することが不可欠である。企業は作業環境を改善し,柔軟な勤務体制を導入することで労働者の健康と効率を守る責務が問われる。国レベルでは,都市緑化や高反射舗装,再生可能エネルギーの拡大など,気温上昇そのものを抑える施策を加速させる必要があると言えよう。

 持続可能な開発目標(SDGs)とヒートアイランド現象の関連では,「目標3:すべての人に健康と福祉を」(ヒートアイランド現象による熱中症や呼吸器疾患のリスク増加に対応する必要性),「目標7:エネルギーをみんなに,そしてクリーンに」(ヒートアイランド対策で冷房使用が増え,エネルギー消費が増加するため,再生可能エネルギーの導入が重要),「目標11:住み続けられるまちづくりを」(都市の緑化や風通しの改善など,ヒートアイランド対策が持続可能な都市設計に直結),そして「目標13:気候変動に具体的な対策を」(ヒートアイランド現象と地球温暖化は相互連関するため,双方への対策が必要)となっている。

 このように,ヒートアイランド現象は,単なる都市の暑さの問題ではなく,SDGsの多くの目標に関わる複合的な課題であり,持続可能な都市づくりを目指す際に,「気候対策」だけでなく,「気温対策」は避けて通れない。ヒートアイランド現象は,我々が日々感じる「働きにくさ」を超えて,国際社会の取り組むSDGsに直結する「身近でかつグローバルなリスク」であるため,科学的根拠に基づいて個人・企業・国家が協働しながら,持続可能な種々の対応(都市緑化,都市建設における高反射素材の使用,再生可能エネルギーの導入,市民参加型の都市計画など)を進めることが不可欠である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3994.html)

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