世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3342
世界経済評論IMPACT No.3342

EU国境炭素調整措置(CBAM):貿易関連環境措置の現状と課題

石戸 光(千葉大学大学院国際学術研究院 副研究院長・バンコク キャンパス長)

張 暁芳(千葉大学国際高等研究基幹・大学院社会科学研究院 特任助教)

2024.03.18

 EUでは,2005年からEU域内の排出権取引制度(EU-ETS)を導入した。EU域内の多くのエネルギー集約産業は,EU-ETSの対象となった。一方,EU-ETSの対象製品は炭素排出の価格付けがされない海外の製品と比べると,国際競争上の不利になると指摘されてきた。さらにコストの増加を避けたい対象企業は規制の緩い或いは規制がない他国に生産拠点を移行してしまう懸念があり,それに伴い,炭素の排出は他国に流出してしまう。この現象は,カーボンリーケージ(炭素漏出)と呼ぶ。カーボンリーケージという現象が起こると,EU域内で削減された排出量と相殺され,結果的に世界全体の排出量が増加してしまう恐れがある。こうしたカーボンリーケージの縮小または防止の政策手段として,国境炭素調整措置(Carbon Border Adjustment Mechanism: CBAM)の効果が期待され,EUではその導入が進められている。

 2021年の7月14日に欧州委員会は,2030年の温室効果ガス(GHG)の排出目標1990年比55%削減という目標を達成させるための政策パッケージ“Fit for 55 Package”を公表し,その中でCBAMの実施計画が提案された。そして2022年5月から12月にかけて,欧州議会,欧州理事会,欧州委員会の協議を経て,欧州議会と欧州委員会の間で,欧州委員会の規則案に対して,修正の合意が成立した。そして,2023年5月の10日に,欧州議会と欧州連合理事会は,CBAMの修正案に署名しCBAMは,同年5月17日に発効した。2023年10月1日から2025年の年末までの期間はCBAMの移行期間となっており,セメント,肥料,鋼鉄,アルミニウム,水素,電力6つのエネルギー集約産業を対象として,GHG排出量などに関する報告義務を対象事業者に課している。つまり,移行期間中においては,対象輸入者による排出に対して炭素価格がまだ徴収されない。一方,2026年から本格的な実施が開始されれば,EU-ETS市場の炭素価格(約100ユーロ/t-CO2,2024年1月時点)が適用され,対象事業者に課税することとなる。なお,EU-ETSに参加した国はCBAMの対象外とされる。また,原産国で支払われた炭素価格分に応じて,控除ができると定めている。

 EU-CBAMの導入により,原産国では対象製品による排出量削減のために,何らかの対策を行う可能性が予測され,他国に野心的な気候政策の実施を促進することも期待されている。地球温暖化防止の観点から本制度の導入は,世界全体の排出量削減に貢献できる先進的な制度と言える。一方,経済力,技術レベル,エネルギー構造などの面において,異なる国に対して,EUの炭素価格を一律に課すことは,先進国と途上国の経済的格差を拡大させる恐れもある。炭素排出削減の技術が貿易を行う二国間でシェアされれば,トータルとしてのGHG排出量は削減されると思われ,これは「途上国」における生産規模が大きいほど,技術シェアの効果は当然大きいと考えられるが,公正な技術シェアを巡っては,政治的な観点もあって曲折が予想される。さらにCBAMの導入に協力的でない国を中心に,EUに対して報復関税を課すこととなると,複数の国の厚生にもマイナスの影響を与える懸念が生じる。

 上述したように,CBAMの導入はそれにより世界全体のGHGの削減が期待できる先進的な制度であると言える。一方,EU域外の国や地域にとって経済的負担を増大させ,特に途上国にとって,先進国との格差がさらに広がる可能性も考えられる。したがって,CBAMをいかに公正な制度にすることは,EUが直面する一つ重要な課題と言えよう。この課題を克服するには,CBAMによる収入の用途として途上国への排出量削減や省エネなど技術の支援と,他国のCBAM関連財の生産・技術・市場の状況に応じて,制度設計を調整することが重要であろう。また現在のCBAMの制度設計は日本への影響が限定的とされているが,今後CBAM対象製品の拡大なども考えられるため,日本への影響も含めて,CBAMの動向に注目したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3342.html)

関連記事

石戸 光

張 暁芳

最新のコラム