世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1515
世界経済評論IMPACT No.1515

シェールガス革命とコーブポイントLNG基地

橘川武郎

(東京理科大学経営学研究科 教授)

2019.10.21

 2019年の8月,アメリカ・メリーランド州ラズビーに立地するコーブポイントLNG(液化天然ガス)基地を訪問した。同基地は,首都ワシントンDCから車で南東へ約1時間半走ったところにある。

 アメリカのサビンパスとキャメロン,カタールのラスラファン,オーストラリアのイクシス,ロシア(サハリン)のプリゴロドノエといくつかのLNG基地を訪れたことがあるが,それらの多くは,人里離れた場所に立地する(イクシスだけは,ダーウィンの市街地に比較的近い)。コーブポイントは,それらとはかなり趣を異にする。基地と隣接して,瀟洒な住宅が点在する。しかも,基地は森に囲まれているのだ。

 この二つの特徴は,密接に関連している。住宅地に近いからこそ,コーブポイントのLNG基地は,環境保全に人一倍気をつかっている。その結果,約1000エーカー(1エーカー=4047㎡)の用地のうち基地施設に使っているのは131エーカーにとどまる。用地の一部は地域住民に開放された公園となっており,大半は鹿が住む森となっているのだ。

 このような事情から,コーブポイントLNG基地には,拡張の予定がない。能力が525万トンの液化施設が,1トレイン稼働するだけだ。コーブポイントの現場に立つと,設備のコンパクトさに驚かされるが,それは,トレイン数が少ないからでもある。

 環境保全への注力を象徴するのは,基地をぐるりと取り巻く高さ18mの防音壁だ。それがもたらす静けさと森に囲まれた立地のゆえに,近くを通っても,そこにLNG基地があるとは気づかない人も多いそうだ。

 環境保全のもう一つの象徴は,沖合2kmにある洋上バースとのあいだを結ぶパイプラインを,海底トンネルのなかに設置したことだ。これは,景観の維持や水域の保護に効果をあげている。

 コーブポイントの液化基地の構内では,様々な工夫がこらされている。前処理工程で酸性除去に使用するアミン溶液を循環・再生させるシステムをもつ,液化工程では主冷却熱交換器(MCHE)を擁しプロパン冷媒と混合冷媒を使って冷却する,ガスタービン・プロパン圧縮機・混合冷媒圧縮機・補助モーターを一軸でつなげる,排ガスを有効に活用し冷却用ガスタービンの運転や発電・熱供給用蒸気の製造を行う,景観維持・大気保全の観点からグランドフレアを採用する,天然の池を数カ所設けて雨水を管理する,などがそれである。

 コーブポイントLNG基地をめぐるビジネスモデルは,やや複雑だ。同基地を所有し,液化加工受託(トーリング)方式で運営するのは,全米でユーティリティ事業を手広く展開するドミニオン社。基地使用権者は,日系のSTコーブポイント社とインド系のゲイル・グローバル(USA)LNG社だ。両社は,各々年間230万トンずつ,天然ガスの液化をドミニオン社に委託している。コーブポイントの設備能力(525万トン/年)と両社からの受託合計量(460万トン/年)との差は,予備能力である。

 STコーブポイント社は,住友商事が51%,東京ガスが49%出資する合弁会社である。STコーブポイント社がドミニオン社にコーブポイントでの液化を委託する天然ガスは,住友商事の100%子会社であるPSE社が,天然ガスの採掘に携わるキャボット社とアメリカのガス市場から調達する。一方,コーブポイントで製造されたLNGは,約140万トン/年が東京ガスに,約80万トン/年が住友商事を通じて関西電力に,それぞれ輸出される。以上が,コーブポイントLNG基地をめぐるビジネスモデルの概要だ。

 ドミニオン社とPSE社が液化加工委託契約を結んだのが2012年。13年には,住友商事と東京ガスの子会社(TGプラス)がLNG売買に関する基本合意書を締結し,アメリカ・エネルギー省(DOE)がコーブポイント液化基地からの非FTA締結国(日本を含む自由貿易協定未締結国)向けのLNG輸出を条件付きで許可した(最終許可は15年)。14年には,STコーブポイント社が設立され,FERC(アメリカ・連邦エネルギー規制委員会)がコーブポイント基地の建設を許可して,工事が開始された。そして,18年4月にドミニオン社が,コーブポイント液化基地の商業運転開始を宣言したのである。

 このように,コーブポイント基地は,シェールガス革命によって可能になったアメリカからのLNG輸出プロジェクトのうち,早期に操業を実現した事例である。同様の事例の先陣を切ったルイジアナ州のサビンパス基地がそうであったように,コープポイント基地もまた,LNG輸入基地から転身した輸出基地であり,輸入基地としての諸施設を活用しえたことが,早期輸出開始の要因となった。1978年にLNG輸入を開始したコーブポイント基地では,今でも,部分的ではあるが,輸入業務を継続している。

 アメリカでのシェールガスの生産コストは低いため,それを輸入することは,日本にとって,天然ガス調達コストを低減させる可能性を高める。また,従来のLNGとは異なり,仕向地条項(荷揚げ場所を特定し第三者への転売を禁止する条項)の束縛がないことも,魅力的である。早期に輸出を開始したコーブポイント基地は,まさに,シェールガス革命の恩恵を日本にも波及させる架け橋となっている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1515.html)

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