世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1508

日本の開国が証明した貿易の効果

柴山千里

(小樽商科大学商学部 教授)

2019.10.14

 近代日本の貿易は,1858年7月29日の日米修好通商条約から始まると言ってよいであろう。以下,ロシア,イギリス,フランス,オランダとも同様の条約を結び,1859年にはまず横浜,長崎,函館,続いて新潟,神戸が開港した。なお,このとき税関の前身である運上所も設置されており,そこから数えると今年で日本の税関は160周年を迎えたことになる。

 国際経済学の理論では,貿易の効果を考える時には,まず貿易のない自給自足経済との比較で行われる。そして,現実に自給自足経済から貿易自由化へと移行した貴重な事例として,日本の鎖国から開国の状況が研究されている。その中から,ジャーナル・オブ・ポリティカル・エコノミーに1971年に掲載されたリチャード・ヒューバー(Richard J. Huber)の論文を見てみよう。

 ヒューバーは日本の輸出財と輸入財の価格変化を調べている。日本の輸出財のうち横浜から輸出した生糸の価格は,鎖国だった1846年から55年の平均に比べ,開国後の1871年から79年平均は50%上昇している。ちなみに,これらの時期が選ばれているのは,政治・経済・自然条件において安定的だったからである。大阪から輸出されたお茶の価格も,高級茶で43%,中級茶で64%上昇している。一方,輸入財としては,鉄鋼の延べ棒,綿糸,粗糖が調査されている。大阪や横浜から輸入された鉄鋼の延べ棒の価格は62%の下落,綿糸は45%,粗糖は47%下落した。ちなみに,綿糸は明治時代後期以降有力な輸出財となったが,当時は輸入財であった。

 このことから見て取れるのは,以下のことである。まず,輸出財が5割前後値上がりしたことで,輸出する生産者は多くの利益を得ることができたが,一方で消費者は高い製品を買わなければならないという損失を被った。一方,輸入財も5割前後値下がりしたことで国内消費者は得をしたが,同じ財を生産している国内の競合する生産者は打撃を被った。結局のところ,これだけでは開国が日本全体にとって得だったのか損だったのかを判断するのは,難しいところである。

 ヒューバーはさらに貿易の利益を確認するために実質所得を求めようとした。所得に関しては,開国前後の所得に関する信用すべき資料は乏しかったが,職業として整合的でありデータがそれなりに揃っている大工の日当を用いた。また,物価については,一部だが食料品などの必需品について調査をしている。これにより,開国が実質所得に与える効果を計算すると,開国前後で物価水準は71%,実質賃金率は167%上昇し,他の雇用状況を考慮して,実質国民所得は65%上昇したとしている。かなり限定的なデータに基づいた計算ではあるが,この数字を見る限りにおいて,ヒューバーは開国により日本は大いに利益を得たと結論づけている。

 開国によりなぜ豊かになったのか。まず,国内では豊富に存在するがゆえに安く評価されていたものを高く評価してくれる外国に輸出して外貨を稼ぎ,日本では稀少だったものを安い値段で輸入して消費や生産に充てることができるようになった。安価な鉄鋼輸入によりインフラ整備が進み,先進的な機械設備の導入により生産効率は格段に上がった。そして,日本にとって得意でない産業から得意な産業に人や資源が移動し,日本の限られた資源を効率的に使用して生産を行い,効率的に消費してより豊かな生活を送ることが出来るようになったのである。明治維新後の日本の急速な経済成長をもたらした背景には,貿易自由化があったことを忘れてはならない。

 今日でも,貿易制限や関税を引き上げるまたは引き下げないことに肯定的な議論が行われることがある。しかし,海外に市場を開放することが,結局は国を大きく富ませることになるのだということを歴史が教えてくれる。

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