世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1486
世界経済評論IMPACT No.1486

人口流出に悩むリトアニア

小山洋司

(新潟大学 名誉教授)

2019.09.23

 バルト三国では1990年代前半以来,死亡率が出生率を上回り,自然減が続いているが,とくにリトアニアとラトヴィアでは自然減を上回る人口流出が人口減の大きな要因となっている。リトアニアの人口は1992年がピークで,370.6万人であった。2019年の人口は279.4万人で,1992年と比べると,91.2万人(912,115)も減少した。27年間に人口が約4分の1(24.6%)も減少した。それと共に,少子高齢化が進んでいる。ひきつづく大幅な人口流出はリトアニアでは危機感を持って受け止められている。

格差拡大

 失業率について言えば,グローバル金融危機直後の2010年には17.8%を記録した。若者の失業率は35.7%であった。その後,失業率は2018年には6.0%(若者は12.5%)へと低下した。高い失業率はプッシュ要因であるが,失業率が低下しても対外移住は続いている。なぜ,これほど著しい人口流出が起きているのだろうか。バルト三国の一つのエストニアでも人口流出現象が見られるが,リトアニアほど激しくない。どうやら国内の大きな所得格差(エストニアと比べて)が人々を外国移住に駆り立てる一つの大きな要因になっているようである。社会主義時代,とくに1980年代,バルト三国のジニ係数は0.19ないし0.25の間で推移していたが,ソ連からの独立と体制転換,市場経済移行のプロセスでジニ係数は急激に高まった。エストニアではジニ係数は2014年に0.356を記録した後,2018年には0.316へと低下した。それに対して,リトアニアでは2015年に0.379でピークに達したが,その後も0.37台で高止まりしている。

ユーロ圏入りを最優先

 バルト三国は2004年5月に念願のEU加盟を実現した。加盟以前に,国の信頼性が高まったので,国内の金利は低下した。さらに北欧の銀行がバルト三国に進出し,それぞれの現地支店が市場シェアの拡大競争を行った。安価な資金と寛大な融資基準は2000年代半ばに住宅バブルを生み出した。当時,バルト三国はいずれも10%を越える成長率を誇り,「バルトのタイガー」とも呼ばれた。2008年初めにバブルがはじけた後,2008年8月のリーマン・ショックが追い討ちをかけた。それまで流入した外国の短期資金がストップし,さらに逆流した。バルト三国はいずれも2009年にGDPの2桁の落ち込みを記録した。しかし,このグローバル金融危機の国民生活へのインパクトは国によって異なる。エストニアは2000年代に財政黒字が続き,政府はそれを予備の基金として蓄えた。危機に際して,政府はこの基金から資金を放出して,危機のインパクトを和らげるために用いた。ところが,リトアニアとラトヴィアはそのような余裕がなかったので,国民生活のダメージは大きかった。

 その後,2011年1月にエストニアがユーロ圏に加盟し,ラトヴィア(2014年)が続いた。当初,リトアニアも2007年にユーロ導入することを目指していたが,基準を満たすことができず,2006年にEUから不適格と判定された。グローバル金融危機による打撃を受け,ユーロ導入は延期された。だが,リトアニア政府はユーロの早期導入にこだわり,2015年1月の導入を目指して努力し,実際,その通りに実現した。そのために,歴代の政府は,マーストリヒト収斂基準,とりわけ財政に関する基準(赤字はGDPの3%未満,累積の公的債務はGDPの60%未満)を重視し,赤字縮小に努力してきた。また,リトアニアは1990年代以来カレンシーボード・システムをとり,対外的均衡を重視してきた。そしてグローバル金融危機に直面しても,通貨リタスの為替レートを切り下げることなく,国際競争力を維持するために,いわゆる「国内的切り下げ」(賃金や年金支給額の引下げ)を行った。リトアニアにとって,EU加盟後,ユーロ導入(ユーロ圏入り)が最優先課題であった。ユーロ圏に加盟すると,金融政策上の独立性は失うものの,彼らはそれよりも,ロシアの経済圏から独立し,ヨーロッパの経済圏に入ることを重視したのである。こうしたことが社会に大きなひずみをもたらしたのは想像に難くない。

 この国はフラット・タックスを採用している。これは低所得者層に不利で,富裕層に非常に有利な税制で,格差拡大の一因となっている。欧州委員会は2013年のレポートで,経済危機の過程で実施された財政再建においてリトアニアは主に支出削減に頼ったのに,税の構造はほとんど変わらなかったと批判し,リトアニアに,資本と資産への課税を増やし,富裕層への所得課税の累進性を強めるよう勧告した。このレポートは,「この国のGDPに占める税収の割合もEU諸国の中では最低の部類に入る。富裕層への所得や資産への課税を強めれば,政府予算を増やすことができ,格差是正のためのさまざまな措置に資金を配分することができよう」と述べている。リトアニアの今後の動向を見守りたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1486.html)

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