世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
リトアニア:ロシアのウクライナ侵略とベラルーシの政情不安の影響
(新潟大学 名誉教授)
2024.12.23
バルト三国は21世紀に入ると,多額のFDI流入のおかげで急成長した。2000-2007年,年平均成長率は7.5%で,2000年代半ばに2桁の成長率を記録した。2007年半ばから2008年初めにかけてバブルがはじけ,住宅価格上昇のトレンドは逆転した。それに2008-09年グローバル金融危機が追い討ちをかけた。とくに2009年のGDP成長率の落ち込みは劇的であった。その後,V字回復をし,再び成長したことをトロイカ(欧州委員会,ECB,IMF)は高く評価した。
2004年5月に中東欧の8つのポスト社会主義国が念願のEU加盟を実現した。リトアニアを含めてこれらの国々の国民はEU市民として自由にEU域内を移動できるようになった。中東欧の国民はEU加盟国の労働市場に参加できるようになったので,対外移住はそれまで以上に容易になった。だから,貧しい中東欧の国々からEUの先進国への移住は当然といえば当然であるが,それはどこまで続くのだろうか。
筆者の計算では,2004年(EU加盟の年)から2018年にかけてエストニアの人口は2.1%減少したのに対して,ラトヴィアとリトアニアでは人口はそれぞれ16.6%と18.5%も減少した。バルト三国では死亡率が出生率を上回り,自然減が続いているが,とくにリトアニアとラトヴィアでは人口流出が人口減の大きな要因となっている。この間,両国の人口は急速に減少し続けている。この人口減少の約80%は対外流出に起因する。バルト三国の一つのエストニアでも人口流出現象が見られるが,この国はIT産業が発展しており,人口流出はリトアニアほど激しくない。
リトアニアの人口は1992年がピークで370.6万人であったが,2019年には279.4万へと減少し,この27年間に人口は90万近くも減少した。ヴィルニュス大学のウバレヴィチエネ博士によると,2000年以来年平均人口減少率は-1.2%で,リトアニアは世界で最も速く人口が縮小しつつ国の一つである。人口流出がこれほど激しいのに,経済成長や不況後のV字回復を手放しで評価してよいものだろうかと筆者は疑問に思ったものである。ヴォガイダス・ウシャツカス(元駐ロEU大使)のように,リトアニア人の対外移住を「最大の脅威」呼ぶ人もいた。また,リトアニア歴史研究所のヴィタウタス・トゥメナス准教授は,「弱くて,弱まりつつある国民意識の感覚」を問題視していた。
ところが,2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻により,バルト三国を含むEU加盟国の状況はすっかり様変わりした。実を言うと,2020年の隣国ベラルーシでの大統領の不正選挙のあたりから状況は変わりつつあったのである。たとえば,リトアニアの場合,2018年までは対外移住者の数は対内移住者の数を超えていたが,翌年,対内移住者の数が増えだした。対外移住者の数には大きな変化はなかったものの,対内移住者の数は2019年以来,対外移住者の数を常に上回った。とくに2022年には,対内移住者の数は2.1倍増加し,対外移住者の数の4倍であった。ウクライナからの難民はポーランド,バルト三国やその他の国々に逃れた。
リトアニアの歴史社会学専門家であるゼノナス・ノルクス教授(ヴィルニュス大学)から届いたEメールによると,バルト三国では,ウクライナからの難民だけでなく,ベラルーシからの難民も滞在している。ベラルーシからの大量の流入は,大統領選挙と関連した抗議運動の後すでに2020年に始まっていた。長年独裁体制をとっていたルカシェンコ大統領は2020年に不正な大統領選挙で「勝利」し,反対派グループを弾圧した。リトアニアはルカシェンコ体制の下では住みたくないと思っているベラルーシ人のための避難所になった。リトアニア政府は,野党の大統領候補だったスヴィトラナ・ツィハノフスカヤ氏や他の野党勢力の人々のために住宅を提供した。
ウクライナやベラルーシからの難民はEUやその他の西側諸国から受け取ったカネをここで支出しており,そのことでリトアニアは潤っている。ノルクスによると,進行中の戦争は,リトアニア経済を刺激する強い効果を与えている。それは,1950-53年の朝鮮戦争が日本経済に与えた影響に匹敵する。同じことはラトヴィアやポーランドにもあてはまる。西側企業は,ウクライナ軍に軍事物資を供給する軍需産業や関連産業に投資している。これは新たな雇用機会を作り出し,リトアニア国民にとっての対外移住の魅力を低下させているという。
この戦争は遅かれ早かれ終わるが,はたして戦争によって作り出された特需ブームがこれらの国々の今後の経済発展のための踏み台となるかどうかはまだわからない。
- 筆 者 :小山洋司
- 地 域 :欧州
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
- 分 野 :新興国
関連記事
小山洋司
-
[No.3366 2024.04.08 ]
-
[No.3260 2024.01.15 ]
-
[No.2934 2023.05.01 ]
最新のコラム
-
New! [No.3671 2024.12.23 ]
-
New! [No.3670 2024.12.23 ]
-
New! [No.3669 2024.12.23 ]
-
New! [No.3668 2024.12.23 ]
-
New! [No.3667 2024.12.23 ]