世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1450

あなたの会社は誰のためにどのような事業をしていますか?

今井雅和

(専修大学 教授)

2019.08.19

 筆者が所属する専修大学経営学部は本年度新たな学科を開設した。ビジネスデザイン学科である。学科新設の目的は新たな商品やサービス,事業,そして地域のあり方を構想し,実現する人材の育成である。いわば,「0から1を作る」スタートアップが新しい学科のコンセプトになっている。ちなみに,筆者が所属する経営学科は「1を100にする」スケールアップをコンセプトとする。

 事業設計というと,まったくの新規事業を連想しがちであるが,大企業の既存事業にも適用すべき重要なコンセプトではないだろうか。事業環境が激変するなかで,自社は何者か,そして自社事業は誰のために何をどのように提供することで付加価値を生み出そうとしているのか,今ほど事業の再設計の重要性が高まった時代もない。

 19世紀後半以降の産業資本主義の時代は資本こそが付加価値の源泉であった。軽工業中心の前期,重化学工業に重点が移行する後期のいずれにおいても,大規模工場を設立し,運営することで低コスト製品を供給することができた。需要過多のこの時代は画一的な製品を低価格で供給できればよかったのである。むろん,これは経済学的説明であって,経営学の視点で振り返れば,目標ははっきりしていても,経営者や技術者らの努力によってようやく事業を立ち上げ,継続することが可能になる。人間の営みなしに,社会が進化すると考えるのはナイーブに過ぎる。ただ,事業設計自体は単純で,目標とすべき製品の品質,コスト,納期は決まっており,それをいかに実現するかが問われた。つまり,事業自体をこと改めて設計する必要はなかったのである。

 20世紀後半以降のポスト資本主義の時代に入ると,他者との違いが付加価値を生み出すようになる。日本でいえば,エレクトロニクスや自動車が中心となるこの時代は,比較優位ではなく,競争優位をいかに創出するかが問われるようになった。そのため,資本以上に,知識とそれを生み出す人が重要だといわれた。知識社会,知識資本主義,人本主義(注1)などである。しかし,そのころの違いの創出の対象はほとんどの場合,製品であった。ウォークマンなどはその典型といえるかも知れない。生活様式を変えるような,夢のある製品をいかに構想し,具現化するかが問われた。事業全体の差別化の必要性は乏しかった。家電メーカーは家電の会社であり,そのことをこと改めて表明する必要もなかったのである。

 しかし,21世紀に入ると,差別化された製品をいくら生み出しても,すぐにキャッチアップされ,付加価値を持続的に享受することが難しくなった。デジタル化とモジュール化の恩恵によって新興国企業の参入が容易になり,製品のコモディティ化が急だからである。他方,アップルのようにハードとソフトを融合したり,グーグルやアマゾンのように多くのサービスを統合したりすることで競争優位を持続させる事例が耳目を集めるようになった。鉄道車両のみならず,運行方法を含め,システムとして提案するというのも類似している。これらは,単なる製品の差別化ではなく,事業自体の差別化によって実現する。事業の再設計こそが競争力のある事業になるための出発点というのはこうした意味である。

 このような問題意識のもと,筆者は日経225のうち,会社再編直後の会社を除く222社が,自社が誰のための何の会社であると自己規定しているかについて整理した。ウェッブサイトで経営理念を表明するなかで,誰に何を(事業ドメイン)どのように(技術などの専門知識によって)提供しているかという言説によって,これらの会社を4つに分類してみた。Aグループはそもそもそうした自己規定を行っていない会社である。Bグループは現状事業をそのまま記述している会社である。Cグループは自社の事業の直接の目的や製品の機能に言及しているグループである。社会構造の変化や技術の進展によって,5年あるいは10年単位で事業の性格が大きく変化する場合がある。現行事業を自社の事業ドメインと固定してしまうと,パラダイムシフトを起きた場合,既存プレーヤーは変化に対応することが難しく,新たな参入者に代替される例が多い。しかし,目的や機能に力点を置くことができれば,社会と技術の新たな波に適応し,事業を再設計し新製品を創出する可能性が拓けるのである(注2)。Dグループは事業ドメインを現行事業に固定しているわけではないが,例えば「総合」を冠するなど,事業設計が漠然としており,焦点が定まらず社会や技術の変化に適応できそうにないと判断される会社である。CグループとDグループの分類は恣意的との批判があるかもしれないが,このコラムでは詳しく紹介する余裕がないことをご容赦戴きたい。222社の分類は次のとおりで,Aグループは18社(8%),Bグループが124社(56%)と圧倒的で,Cグループは46社(21%),そしてDグループは34社(15%)であった。

 こうした分類には単純化しすぎとの批判も覚悟しなければならない。Bグループは発展性に乏しいといっても,たとえば製薬会社を見ると,医薬品の創出を謳い,がん領域や消化器系疾患などと,各社ごとに具体的な分野を絞って事業を規定している会社が多い。創薬事業の性格と特徴に鑑みれば,そうした事業ドメインの規定が不適切とは思われない。

 また,総合商社のように,複数の異なる性格の事業を展開する会社の自社事業の規定は容易ではない。実際,「グローバル総合力」,「商うこと」,「社会・顧客向けソリューション」のように,抽象的な表現になる場合が多い。それでも,自社は何者か,存在意義は何かを明示することはできるであろう。そのうえで,各事業部門は自らの事業を再設計し,定義することは可能である。実際,総合商社ではないが,そのような事業の再設計を行う会社も現れている。総合商社といってもその意味するところは各社各様ではないか。企業トップには自社は何者かということを改めて考えてほしい。

 そうすれば,事業部門の責任者も事業の再設計を行う指針ときっかけを手に入れることができる。誰に何をどのように提供するかという初歩的な問いを突き詰めることによって,事業の再設計に向けた第一歩を踏み出すことができるのではないだろうか。そしてそれは社内外に向けた宣言となり,事業のアイデンティティを明確にし,力強い経営を可能にする。

 あなたの会社は誰のためにどのような事業をしていますか?

[注]
  • (1)これらの用語は,それぞれピーター F.ドラッカー,レスター C. サーロー,伊丹敬之が唱えた。
  • (2)榊原清則(1992)『企業ドメインの戦略論』中公新書,Clayton M. Christensen(1997), The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail, Harvard Business School Pressなどを参照されたい。

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