世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
FTAの進展と原産地規則
(小樽商科大学商学部 教授)
2019.07.22
昨年12月のTPP11,今年2月の日EU経済連携協定(EPA)の発効に伴い,EPAの特恵関税が適用されたカナダの牛肉やEUのワインなどの輸入急増が話題になっている。多国間での貿易自由化を目指すWTOのドーハ・ラウンド交渉が遅滞する中,交渉がまとまる国同士で自由貿易を目指す自由貿易協定(FTA)の進展が著しい。日本は,GATT/WTOを重視する立場から20世紀までFTAをまったく結んでこなかったが,21世紀に入り2002年シンガポールとのEPAを皮切りに17件が発効しており,さらに,日コロンビア,日中韓,東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP)等交渉中のものもある。
遅々として進まないWTO交渉を尻目に,世界の貿易や投資の自由化を推進しているFTAだが,WTOによる自由化とは大きく異なる。多国間で自由化を追求するWTOは国の間の無差別を原則とするが,FTAや日本版FTAであるEPAでは域内の国同士は関税率を引き下げ・撤廃するものの,域外国に対しては従来の関税を設定するという差別的な取り扱いを行う。例えば,日本は牛肉の輸入に38.5%の輸入関税を課しているが,TPP11域内からの輸入に対しては26.6%が適用される。このため,域外国は不利な立場を挽回しようとFTAを結ぼうとする。TPPから離脱したはずの米国が日米間でのFTAを求め日本に牛肉等の関税引下げを迫るのはこのためである。このようにして世界中でFTA締結が進んでいるが,域内国と域外国を差別的に取り扱うために,国際貿易に複雑な事態が起きている。
たとえば,WTOではありえないが,FTAでは関税差を利用した迂回輸出が行われる恐れがある。米国の畜産業者がカナダ経由で牛肉を日本に輸出することで,TPP11にただ乗りしようとするような例だ。このような事態をあらかじめ避けるために,あらゆるFTAには原産地規則,すなわち域内国産の認定ルールが規定されている。それが満たされない限り,輸出者はFTAの関税率を享受できない。そうは言っても,今日では完全な国産品は珍しい。輸入品を用いたとしても国産と言える基準が原産地規則である。
原産地規則で代表的なものが関税番号変更基準と付加価値基準である。例えば日本の繊維製造業者がポリエステルのペレットを中国から輸入してクッションの綿を作ったとすると,日本製と言えるのだろうか。輸入品には,HSコードと呼ばれる世界140カ国が用いている商品および分類に関する統一システムに基づく関税番号が決められており,あらゆる貿易品目を21の部に分類し,6桁の数字で表している。関税番号変更基準は,この分類の2桁,4桁または6桁の水準で輸入した材料や部品からの製造により関税番号を変更させれば,その国産と認められるというものである。例えば,4桁での変更が規定されているとすれば,ポリエステル・ペレットは3907類で,ポリエステル短繊維のクッションの綿は5506類であるため関税番号が変更されたので,日本製と認定されるのである。
一方,工業製品などは,付加価値基準が用いられる傾向がある。例えば,日本からマレーシアに20万円で輸出したパソコンのうち,半導体やハードディスクなど11万円分の部品を周辺のマレーシア以外の近隣諸国から輸入していたとする。このとき,このパソコンを日本製とみなせるだろうか。日マレーシアEPAでは,パソコンの原産地規則は付加価値基準40%である。日本はマレーシアに輸出した金額20万円のうち,11万円を引いた9万円分を日本国内で調達・製造したことになるため,20万円の価格のうち45%となり条件を満たすことになる。
これらの原産地規則はFTAごとで異なっている。例えば,日EUEPAでは,パソコンの付加価値基準は55%となり,先のパソコンは日本製とはみなされない。また,マレーシアやEUではパソコンはFOB価格を用いるが,スイスは工場渡し価格を用いるなど異なる算定基準や他の算定方法を用いている。また,FTAごとに多様な品目別の基準が作られている。
しかしながら,輸出しようとする企業がFTAの特恵関税を用いようとするとき,当該産品にFTAの関税率を用いる方が有利なのか,またFTAが複数被っている国の場合はどのFTAの関税率を用いる方が有利なのか,その産品の原産地規則はどのようなものか,その産品は規則を満たしているかを確認し,さらに原産地証明書を作成し,輸入業者を通じて輸出先の税関に提出しなければならない。このコストを払う輸出者のみがメリットを享受できるところがFTAの限界である。
こうしたことからも,全ての国や企業や人々が自由貿易を享受するという点で,ドーハ・ラウンド交渉の成功裏の終結が待たれるのである。
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