世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1317

中国共産党の「悪魔との取引」——都市化政策を考える

岡本信広

(大東文化大学 教授)

2019.03.25

 19世紀のゲーテの代表作である長編戯曲『ファウスト』。学問に励んできた主人公ファウストに対し,悪魔のメフィストフェレスがある取引を仕掛ける。それは,悪魔に魂を引き渡すことを条件に彼に名誉や地位など俗世のすべての欲望をかなえるというものだった。ここから「悪魔との取引(ファウスト的取引)」という言葉が生まれ,何かを得るために何か大きな代償を払う取引一般を指す。

 2013年以降本格的に推進している都市化は中国共産党にとってファウスト的取引である。専制的政権にとって都市は重要な政治的経済的基盤である。一方で,都市はスラムや失業を生み,人々の政治的不満が爆発しやすく,政治的な抗議活動も人が集まっているという意味で行いやすい場所でもある。専制国家の中で都市化が進んでいる国はそうでない国に比べて,専制政治が続く期間は2/3になるという(Wallace 2014)。中国にとって都市化は今後の経済成長を確保することが可能であるかもしれないが,政権の存続には不安定をもたらす可能性がある。中国共産党は計画経済時代,都市化を抑制することによって(意図せざるにせよ)政権の安定を確保してきた。この共産党が2013年以降新型都市化政策に転換し,ここ数年急激に都市化を果たしたことは,悪魔に政権の安定性を引き渡し,経済的繁栄という世俗的な欲望をかなえようとするファウスト的取引であったといえよう。

 しかし,中国共産党はこのファウスト的取引の中で,悪魔をだますことに成功している。つまり政権の安定性のすべてを悪魔に引き渡していないのだ。ファウスト的取引の抜け穴になっているのが,戸籍制度だ。新型都市化政策では,人の都市への移動を自由化させるとともに農民の都市への戸籍転換をしやすくしている。しかし実際には,北京,上海,広州,深圳などの大都市は,後に述べるように戸籍転換を厳しくすることによって,定住がコントロールされている。戸籍による合法的な人口コントロールに加えて,時には都市からの人口の強制的排除も行っている。2017年11月に北京での火災をきっかけに大量の「低端人口(底辺住民)」が都市から追い出されたことは記憶に新しい。

 ファウスト的取引の抜け穴としての戸籍は,実は効率よい都市経済運営にも役立っている(Friedman 2017)。2016年から始まった北京のポイント定住制度は人口が1000万人を超える都市に導入されてきている。学歴や職種,住宅の有無や社会保障費の支払いなどさまざまな指標によって都市への貢献度をポイント化し,そのポイントを基準以上にためることができれば晴れてその都市の戸籍を得ることができる。このポイント定住制度によって,都市は経済発展に必要な労働者を必要な量だけ選択的に確保することが可能となっているのである。Friedman(2017)は,この労働者の選別,すなわち資格のない労働者を追い出し,高学歴かつ都市建設に必要な資格を持っている労働者を誘い込むような都市化を,トヨタの効率的な生産システムになぞらえて,「ジャストインシステム都市化」と名付けた。

 現時点では中国共産党は悪魔を欺き,都市化によって「集積の経済」をもたらし経済の繁栄だけを享受することに成功しているように見える。しかし都市管理はそう簡単ではない。都市の外部不経済(混雑,環境汚染,失業など)は政権への不安定要素になる。政権の安定と経済の繁栄というファウスト的取引において中国は悪魔をだまし続けられるのか。そのすべては戸籍の管理がカギになっている。

[参考文献]
  • Wallace, Jeremy L. 2014. Cities and Stability: Urbanization, Redistribution, and Regime Survival in China. New York: Oxford University Press.
  • Friedman, Eli. 2017. "Just-in-Time Urbanization? Managing Migration, Citizenship, and Schooling in the Chinese City." Critical Sociology. 44(3), p503-518.

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